人も獣も寝静まる頃合いに、井戸の水を汲み上げ両手を浸す。 ひたすらに掌を擦り合わせれば、暗闇にも分かるほど桶の中の水は色を変えるのだ。 どれだけ念入りに洗い流しても、爪の間に入ったものだけは時間が経たなければ落ちてはくれなくて、摩擦で指に熱が宿り、擦れすぎた肌から自分の血が滲む頃、投げられた声に振り返った。 「こんな夜更けに、精が出るね」 「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」 「眠れなかっただけだよ。今夜はどうも、体中が痒くてね」 真っ暗な世界に浮き上がるように存在する白い寝間着から、ちらりと覗く包帯を見る。 恐らくは尊奈門が既に取り替えているであろうそれを、「巻き直しますか?」と尋ねれば、「いいや、これが原因じゃぁないよ」とやんわり断りが入った。 指先から滴るのは、水か血か。 重力の赴くまま、ぶら下がる手を揺らし土に落ちる染みをまるで他人事のように眺めると、そろりと近付く組頭の気配に顔を上げた。 「お前の悪い癖だよ」 「爪に入り込んだ血が、いくら洗っても落ちないので」 「そこだけはやけに潔癖だねぇ」 「気持ち悪くて堪らないのです」 すぐ傍に佇む組頭の表情は暗闇と包帯のせいで見えないまま、指先を伝う感覚だけに神経が研ぎ澄まされる。 熱い指先が、湧き出る血の匂いが、じんじんと脈打つ痛みが、まるで生を司っているような気分になるのだ。 ゆっくりと伸ばされた手が、私の手を取る。 唐突な出来事に身体を堅く構えれば、柔らかく生温かい感覚が滴る血を吸い上げた。 「何故かな。ひどく甘く感じるね、お前の血は」 「何を…」 「私は、お前が醜く汚いと思ったことなど一度もないよ。私のために働くお前は、何よりも美しい」 目の前の包帯から香るつん、と鼻を突く薬品の匂いでさえ、ただ甘美。 (130808) |