「おかえり!」 「はい、いらっしゃーい」 「…そこは素直に“ただいま”って言ってよー」 「だってここにいんの分かってたし?」 「迅相手にサプライズはやっぱり無理だなぁ」 あーあ、と少し残念そうに、だけどどこか楽しげに、人のベッドに座り込んで足をぶらぶらと揺らしていた彼女は、もう一度「おかえりなさい。遅くまでご苦労様でした」と労いの言葉を向けてくれた。 だからちょっとだけ調子に乗って、「肩でも揉んでくれんの?」とからかいを滲ませれば、「残念ながらそれはサービス外です」なんてぴしゃりとお断りが入れられる。 つれないねぇ、と唇を尖らせるけれど、口先だけの言葉だということは彼女も察しているらしく、全く気にする素振りも見せずにケタケタと楽しそうに笑っていた。 「迷惑には思われてなくて、とりあえずは安心した」 「そう言う割には堂々としてるけどな」 「これでも結構ひやひやしてたんだよ?まぁ、迷惑がられなかった代わりにあんまり喜んでももらえなかったけどねー」 バレてたんじゃ仕方ないか、と肩を竦めた彼女の頭に掌を預ける。 「知ってるのと体感するのは別物だ」 「…難しい話は苦手だよ?」 「例え先に見えてたとしても、実際におかえりって言われる方がよっぽど嬉しいってこと。簡単な話だろ?」 自然乾燥に委ねていたのか、しっとりと湿り気の残った髪をくしゃりと撫で、何にも象られず彩られていない瞳を覗き込むと、普段見せる表情より幼さを残した笑顔が咲いた。 「じゃぁ迅は、ここで私におかえりって言われて嬉しかったんだ?」 「まぁ、そうなるかな」 「それは結構良い気分だね」 「俺は、お前がここで待ってるって見えた時から割と有頂天だったけど」 もう二言三言、会話らしき言葉のやりとりを繰り返しながら上着を脱いだ頃。 投げ返されない返事に振り返ってみれば、張りつめていた糸が切れたように足を投げ出したままベッドに倒れて彼女は寝息を漏らしていた。 机の上に乱雑に置いてあるデジタル時計は、既に朝日が昇る頃合いを指している。 そんな時間まで、まだかまだかと寝ずに待ってくれていたのだから、健気な愛情表現に申し訳なさよりもずっと愛おしさが勝るのだ。 (140413) |