100題 | ナノ




「三井くんって、うちの女の子に人気あるよね」
「は?」
「休憩中にそんな話になってね。このバイト初めて一番最初に助けてくれたのって三井くんだよねってみんな言っててさ、言われてみれば私もそうだったなぁって」
「おー、とうとう時代が俺に付いて来たか。よっしゃ、気分良いからおごってやってもいいぜ」
「じゃぁヒレカツ定食Bセットのデザートはフォンダンショコラね。あ、ドリンバーもお忘れなく」
「お前は自重って言葉をお忘れだろ!しかもちゃっかり一番高い定食選びやがって!」

椅子の背もたれに背中を滑らせた三井くんは、店員を呼び止め不服を申し立てながらも私が強請ったとおりの注文をつつがなく済ませた。
久しぶりにバイトの終わる時間が同じになり、休憩室でとりとめのない話をしている間にお腹が空いて今に至るのだけれど、何もおごってほしくて三井くんをヨイショしたわけではない。
今日の休憩中の女子トークに三井くんが祀り上げられていたのは本当で、ただそれを伝えただけでこのラッキーなのだから、まさかの棚からぼた餅だ。

「っつーかそんなことあったか?」
「初日にね、酔っ払いに絡まれたんだよ。あの頃はあしらい方とか全然で、あたふたしてたら三井くんがすぐに来てくれた」
「あー…あったような気もしなくもねぇけど。このバイトしてりゃそんなの日常茶飯事だろ」
「入りたての頃って誰に頼って良いかとか分かんないじゃん?しかも忙しい時間帯だったからみんな見て見ぬ振りだったし。そんな時に前に立って庇ってくれたから良く覚えてるよ。あれは助かったなぁ」
「そんだけ有難がってんなら、ちょっとは注文に気ぃ遣えよ」

まぁ遠慮なんてお前らしくないけどな、と三井くんはクツクツと喉を鳴らして笑う。
休憩中、女の子のひとりが言っていた。
三井くんの笑い方が良い、と。
違うひとりが言っていた。
三井くんのちょっと格好付けなところが良い、と。
また違うひとりが言っていた。
三井くんの何だかんだで優しいところが良い、と。
確かにそのどれもが三井くんの良いところで、私も納得するところなのだけれど、三井くんの良さは分かりやすく女心をくすぐってくれる部分だけではなくてもっと、もっと―――

「飲み物取ってくるわ」
「あ、私も」
「レモンティーの冷たいのか?」
「え、何で分かったの」
「いつもそれ飲んでたら分かるっての」
「ああ、そっか」
「ついでだから取って来てやるよ。座っとけ」

笑顔でシッシッと些か失礼なジェスチャーを残して、三井くんは私に背中を向けた。
こういうことを何の気もなく簡単にやってのけるのだからタチが悪い。
思わず机にうつ伏せて、組んだ腕に顔を埋める。
腕の隙間から覗き見た後ろ姿はやっぱり大きくて、男らしくて、彼が簡単に忘れたあの日の頼もしい背中を、私はいつまでも鮮明に覚えているのだ。
ことん、とテーブルに置かれたグラスには、細長く歪んだ三井くんが映る。

「三井くんはあれだね。背中で語る男だよね」
「はーん。さてはお前、俺に惚れたか?」

俺は良い男だからな、と大きい口を叩く三井くんはいつものことだけれど、ケラケラと笑いながらこの手のそれを言う時は冗談だと割り切っている証拠だ。
いつものことなのに何だか妙に悔しくて、うつ伏せた身体をむくりと起こした。

「もう結構前からだけど。気付かなかった?」

からかいを浮かべていた表情が途端にぴたりと止まる。
知らん顔でレモンティーを吸い込む私に、三井くんが何かを言おうと身を乗り出したその時、「お待たせしましたー」と狙ったようなタイミングで私のロースカツ定食と三井くんのハンバーグ定食が湯気を立ててテーブルに置かれた。
ごゆっくりどうぞ、と向けられた営業スマイルにすっかり勢いを削がれた三井くんは、バツが悪そうに座り直し「背中だけかよ」と不貞腐れ気味の随分可愛らしい横顔を見せて、分かりやすく女心をくすぐってくれるのだから困ったものだ。

「三井くんだから、だよ」

そんな私の言葉に、美味しそうなご飯が冷めてしまうことも忘れて三井くんはふいと背中を向けた。
耳まで真っ赤にしながら。

「三井くんはやっぱり、背中で語る男だね」
「うるせー!」

(140413)
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