祖母の告別式が終わってすぐ、喪服に身を包んだまま浦原商店に上がり込み暇そうな店主を話し相手に捕まえた。 「死神って、本当に黒い服着て大きな鎌を持ってるのかな」 「えらく唐突ッスねぇ」 「死んでまで恐い想いなんてしたくなぁって」 死神はいる前提なんスね、と浦原さんが帽子を目深く被るので、「いそうじゃない?」と煎餅を咥える。 けれど浦原さんからの返事はなく、どこからともなく取り出されたお茶が年季の入ったちゃぶ台の上に置かれた。 「余計な未練がなければ、大人しくあの世に行けますよ」 「そうなの?じゃぁやっぱりお世話になるかもね」 「未練残す気満々ってのは頂けませんねぇ」 「むしろ未練なく死ぬ方が難しくない?おばあちゃんも、少しだけ心残りはあったみたいだし」 「未練と心残りは別物ッスよ」 数年前、この街に怪しげな駄菓子屋と共に現れた男が何か、“普通の人”とは違うことなどとうに知っている。 それが悪魔なのか、はたまた死神なのか、それとも神の遣いなのか神様そのものなのか、それは直接聞いたことはないから知らないのだけれど。 飄々と佇むこの男は、祖母が幼い頃にもこの街で怪しげな駄菓子屋を営んでいたらしい。 そしてある日突然、最初からそこには何もなかったかのように忽然と姿を消したそうだ。 その頃から変わらぬ風貌だと言うのだから、怪しげなのはこの店ではなく店主の方だと気付くのに時間はかからなかった。 祖母から聞いたその話を一度だけ、浦原さんにしてみたことがある。 他人の空似ってやつッスよ、と例に漏れず飄々とかわされたので結局この男の正体は分からず仕舞いなのだけれど。 「魂には記憶とか想いとかそう言うの、詰め込めるといいな」 「さぁ、どうッスかねぇ」 「そしたら私の魂を浦原さんにあげるね。きっと浦原さんの知らない楽しいことがたくさん詰まってるから、退屈しのぎにはなるよ」 ぱりん、と噛み砕いた煎餅を口の中で転がしながら畳の上に両足を放り投げると、帽子の陰りから覗く口元が薄っすらと笑みを携える。 何か可笑しなこと言った?と尋ねれば、「いやいや、血の繋がりというのは全く厄介なもんだと思いまして」と浦原さんが無精髭を撫でた。 「昔にも同じことを言われたことがあリました。アタシ、そんなに物欲しそうに見えます?」 「浦原さん分かってないなぁ」 「はい?」 「ラブレターだよ。恋文。全部詰め込んだ魂をあげる、なんて最高の殺し文句でしょ?浦原さんモテモテだね」 「だとすると、受け取れなかったアタシは恨まれてますかねぇ」 「それはないんじゃない?受け取るかどうかは委ねられた人次第だもん。その人だってそのくらい分かった上で浦原さんにそう言ったと思うよ」 ぱりん、ともう一口煎餅を弾かせる。 更に帽子を深く沈め、顔を伏せた浦原さんは大きなため息を吐き出した。 「アナタには本当に驚かされっぱなしッスね」 「こんなので驚かれたら困るよ。私の魂見たら骨抜きよ?」 「一体何を詰め込む気ッスか」 「内緒。それは私が人生を謳歌した後のお楽しみってことで」 それまで待っててね、と言えば帽子頭がふるふると首を横に振る。 「残念ながらアタシは理から外れたところにいるもんで、どれだけ未練を残して留まったとしてもアナタの魂魄をアタシが導くことはできないんス」 「なーんだ、残念」 「骨抜きにするなら生きてる間しかチャンスはないってことッスよ」 「そうしたら忘れないでいてくれる?」 「骨を抜かれて忘れる方が難しくないッスか?」 「それもそうね。じゃぁ私の魂を受け取れない代わりに、浦原さんの魂に私を遺して逝くよ」 (140413) |