100題 | ナノ




改まって手紙を書くというのも随分と照れくさいのですが、と本意ではないとわざわざ言い訳を並べながら、インクの走る音をまるで他人事のように鼓膜が震えて捉える。
相手は海賊、それも名の知れているどころではない“白ひげ”の右腕と呼ばれるその人を捕まえて、勝手をしていい権利は何ひとつ持ち合わせてはいないのだけれど。
行く先々できっと、代わる代わるの女が彼との夜を楽しんでいるのだ。
そして彼も、それが性に合っているのだろう。
私は無数にいる内のいつ繋がりが切れてもおかしくない、お手軽な女のひとりなのだ。
海賊の男に入れあげることが間違っている、と何度も言われた。
それでも、せめて生きていることだけでも知りたいと思うのは人として最低限の情ではないだろうか。
私はその人を知っている。
そして彼も私を知っている。
心を晒さない代わりに身体は隅々まで暴かれた、何度も、何度も、だ。
そんな相手の安否を気遣って嘲笑される謂れはない。
例え私が無数にいる内のいつ繋がりが切れてもおかしくない、お手軽な女のひとりだとしても、今頃クルーと奪ったお酒を年甲斐もなく飲み干してフラフラになっていればいいと思うくらいは許されるだろう。
他人の無責任な発言に腹立たしさを思い返しながら滑るペン先は、気付けば恨み言ばかりが連なっていた。
しまった、こんなもの出せるはずもない。
くしゃりと握り潰してしまおうとしても、ペンの流れは一向に止まりはしなかった。

「逆にこれじゃ恋文みたいね」

結局は自分を嘲笑するはめになるのだ。
そもそも、手紙など届く当てすらない。
今頃どの海で、何をしているのかも分からない相手にきちんとこの言葉が響くはずも、ない。
やめた、と紙の上に転がしたペンからインクが滴り落ち、大きな黒い染みとなって書き連ねた文字を飲み込んでゆく。
まるで夜の海のような暗さに指先をツンと突つけば、一層深い暗闇に身体ごと飲み込まれた。

「真剣に何書いてんのかと思ったら、ラブレターかよい」

ひょいと軽く奪われた手紙を、呆気に取られた視線で追いかければ今の今まで頭を支配していた相手が、相変わらずの飄々さで佇んでいた。

「どう、して、」
「来ちゃまずかったかい?」

その言葉は確かに私に向けられているのに彼の視線は取り上げた生成りのそれを辿り、そして窓から差し込む月の光に横顔が照らされる。
宛名のない手紙だ、「別にあなた宛ての手紙じゃないわ」なんて突っぱねることもできるはずなのに。
できない、叶わない、そんな意地さえ張れない喉が痛む。

「この分じゃ、宛名も返事も必要ないだろうよ」

おれは確かに受け取ったよい、と丁寧に折り畳まれた手紙は勝手に服の中へ仕舞い込まれた。
それが自分に向けられたものだと信じて疑わないこの男も、大概どうかしている。
けれどそれを奪い返すこともしないままその男の広げられた腕の中に飛び込む私がきっと、一番どうかしているのだろう。

『はやく、あなたの無事を知りたいです』

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