「影山って、王様って呼ばれてんの?」 部活中に面白おかしくそう呼ばれることにすらいまだ腹立たしさを覚えるのに、そんなことは知らないはずのクラスメートが瞳を輝かせながら、その屈辱的なあだ名を告げてくるとは思いもしなかった。 誰がそれを口にしていたかなんて想像するまでもなく、それでも一応「誰が言ってた?」と振り返って尋ねた俺の顔は、相当にひどいものだったのか、ビクリと肩を浮かせて驚かれる。 「や、さっき1組の子が来てた時にそう言ってなかったっけ…?」 「聞いてたのかよ」 「ごめん、もしかして地雷だった?」 「王様なんて、ロクなあだ名じゃないだろ」 むしろ単なる悪口だ、と吐き捨てれば「そんなことないと思うけどなぁ」と意外な反応に肩透かしを食らう。 だってそうだろう。 我侭で、自分勝手で、横暴で、その全部をひっくるめた皮肉に、それ以外の何があると言うのか。 苛立ちからつい、「じゃぁ、お前はどう思ってんの?」と喧嘩口調で尋ねた俺に怯むことなく、ニコニコと屈託のない笑顔が向けられた。 「童話の「ぼくは王さま」って本、知ってる?」 「…知らねー」 「大きな口髭のある、赤い服着てる王さまの話なんだけど」 「そんなのがあったような気は、しないでもないけど」 「私はさ、王様って聞いてその王さまを思い浮かべたよ。ワガママで、食いしん坊で、怒りん坊で、勉強が大嫌いな困った王さまなんだけどね」 どこか憎めなくてつい笑っちゃう、と思い出し笑いを浮かべ横顔が小さく頷く。 「同じものでもさ、人によってイメージなんてバラバラってことだよね」 「そいつだって結局自分勝手な王様じゃねぇか」 「んー…何て言うか、王様は王様でも影山は良心的な王様だと思うけど。平民の話、こんなにちゃんと聞いてくれてるしさ」 「お前は平民なのか?」 「影山みたいに、突出したものがあるわけじゃないからね。何の取り柄がなくても、平民には平民なりの苦労があるんだよ」 まるで羨ましいとでも言われているような物言いに、どことなくくすぐったさを感じるのは、今までただ嫌悪していたものでも、見方ひとつでそんなにも悪くないんじゃないかと、思ってしまった自分の単純さのせいだ。 羨ましいと思うなら、変われば良い。 俺がそうだったように、たった今お前が俺にそうしたように。 考えるよりも先に動いた唇は、思ったよりも雄弁に俺の意志を言葉にした。 「俺が王様だとして、だ」 「うん?」 「お前が俺の彼女になったら、平民から大出世だな」 そう言い切ってしまえばあとはなるようになれ、だ。 俺の思わぬ提案に最初こそひどく驚きを孕んだ表情は、徐々に頬を赤く染めて気まずそうに視線を伏せる。 しばらく続く沈黙に「おい?」と声をかければ、俺より随分と高い声が聞こえるか聞こえないかギリギリの声色でぽそりと呟いた。 「王様なんだから、ビシっと命令しちゃえばいいのに」 そしたら私は従うしかないんだから、と随分な言い分とは裏腹な表情を浮かべる彼女は一体、どんな女王様になるのだろうか。 (130807) |