「何も聞かないんだネ」 「トキワくんが納得した結果だったら、私は勝ち負けはどっちだっていいんだよ」 なんてちょっと冷たく聞こえるかな、と続ければ、「そんなことないヨ」とマグカップを傾ける姿には流石に疲れた様子が滲み出ていた。 「ごめんね」 「ん?」 「気の利いた言葉ひとつかけてあげられなくて」 「そんなの俺が望んでないことくらい分かってるでしょ?」 「私は試合も見てないし、トキワくんたちがどれだけ練習してきたかも知らないから、浮かぶどんな言葉も無責任すぎて私にはとても言えないんだ。本当は何か言ってあげたくて堪らないのにね」 同じようにマグカップを傾ければ、コーヒーの独特な苦みが口に広がる。 私の方が随分と年上で、大人と呼ばれるようになって久しくて、それでも何も言えない自分がひどくちっぽけで、私よりもトキワくんの方が随分と大人に見えるのだ。 結果は聞かなかった。 調べてもいない。 それでも、私の家に足を踏み入れた時の様子でその結果は何となく察しがついた。 だから、それで十分だったのだ。 結果に悔しさが残っていたとしても、きっと本人が思っているよりもずっと清々しい表情をしていたから。 その瞳は、とっくに前を向いていたから。 「なので考えました。何も言えない代わりに、はいどうぞ」 「…うん?」 「抱き締めてあげる。いっぱい、トキワくんがうんざりするほど、苦しいくらい」 だから、おいで。 そう想いを込めて立ち上がり両手を広げれば、カップを乱暴に置いたトキワくんが私を強く強く抱き締めた。 「…トキワくん、逆。逆だよ逆。私が抱き締めるはずだったんだけど」 「オレが、こうしたかったんだヨ」 「それならまぁ、いいか」 それで君の心に何かが届くのなら、と私もトキワくんの背中へ腕を回して強く強く抱き締め返す。 お互いの体重をお互いに預けながらトキワくんの体重に耐えかね、足を滑らせた私と共に勢いよく床に倒れ込んでもまだ、彼は私を抱き締め続けた。 こうして横たわってしまえば、いつもは届かない随分と高い頭も簡単に撫でられる。 こうして横たわってしまえば、いつもは気になって仕方のない年の差だって関係ない。 同じ高さ、同じ体温、同じ匂い、同じ想いでひとつになれるのだ。 だから今は、しばらくこのままゆっくり休もう。 「トキワくん、お疲れさま」 (130814) |