「あんた、人を見る目なさすぎるんじゃない?」 「え、そう?」 「こんな愛想悪いの引っかけても時間の無駄でしょ」 駅のベンチに座って本を読む私に、「君すっごい美人だね!違う学校のオレたちが出会えたって、運命感じない?」と整った顔から飛び出た時代錯誤なナンパ文句の羅列は、かれこれ1ヶ月程度続いている。 本を読んでいても、音楽を聴いていても、変わらず声をかけてくるこの男は、2人分のスペースを開けてベンチに座り、今日も整った顔でぺらぺらとどうでもいいことをよく話した。 「無駄って思ってるなら話しかけないって。そこまでオレも暇じゃないし」 「私で粘っても成果は上げられないと思うけど」 「最初の頃に比べたら話してくれるようになったし、そっちから話しかけてくれる時もあるし、日々進歩ってオレは思ってるんだけど」 勝手にすれば、と言えば「だから勝手にしてるよ」と返ってくる辺り、ただのバカではないことは話していれば分かることで。 それでも尚、必要以上に関わろうとしてくる理由だけが見つからないまま、結局読んでいる本は一行だって進まないのだ。 「でもさ、絶対無視はしないよな。めんどくさそうにしてても、本読んでても音楽聞いてても、返事はしてくれるだろ?」 「何だそんなこと?だったら次からは応えなきゃいいってことね」 「いやいやいや!そこじゃない!譲るところそこじゃないから!」 ハァー、と盛大な溜息を漏らし、背もたれからズリズリと落ちて行く身体に漂うのは、悲壮感と呼んでおかしくはないほどのもので、「何よ」と声をかければ「手強すぎて参ってるんだよ」と弱々しい返事に顔を覗き込んだ。 「ナンパなんて最初から思ってないんだけどなぁ」 「じゃぁ暇つぶし?」 「気になって仕方ないから声かけ続けてるんだよ」 「何だかそれ、私のことが好きみたいに聞こえるけど」 「みたいじゃない。そう言ってる」 開きっぱなしになったままの本が、手の中から綺麗に滑り落ちる。 乗るはずだった電車がホームに入り、激しい風圧がページを無造作に捲る音だけがやけに鮮明だった。 私たち以外の人間がみんな電車に乗り込み、「発車します」の車掌の声と共に連れ去られて行く。 乗り過ごしてしまった私たちだけが妙な静寂に取り残された中、真っ直ぐ届く視線が揺るぎなく存在していた。 「本当はどこかでそうかもしれないって、思ってただろ?」 気付けば軽薄な口説き文句も態度も鳴りを潜め、落ちた本が手渡されると2人分のスペースなど私たちの間にはなくなっていた。 (130814) |