「あの言葉があんたなりの『お別れ』だったって、あの子たちはいつ気付くのかな」 「さてね。気付くかもしれないし気付かないかもしれないし、そんなものはどっちだって同じことだよ」 「相変わらず別れが下手な男ね」 「生憎、上手な別れ方とやらを知らないものでね」 派手なアロハシャツに吸いもしないタバコを咥えながら着々と進められる旅立ちの作業は、流石に手慣れているのか無駄のない動きで形を成して行く。 私はこの男のその背中が嫌いで堪らない。 それは軽くトラウマと呼べるほどに、何も知らなかった頃の私を嫌でも思い起こさせるからだろうか。 同じ場所に留まれる人間ではないことは知っていた。 いつか、私の傍から飛び立つ時が来ることも知っていた。 けれど何の言葉も前触れもなく、ここに存在していたとさえ嘘のようにいなくなってしまうことは、知らなかったのだ。 そして私は取り残され、それでも結局この男との縁が消えることはなかったのだから何とも皮肉な話だろう。 仕事上致し方なし、と何故私が言い訳を並べなければならないのか。 「言い忘れてたんだけど」 「改まって何だい?」 「連絡役、次からは私じゃなくなるから」 「それは随分と急な話だね」 「きちんと伝えておくだけあんたよりマシだと思うけど」 「言い訳はしないよ」 「だからあんたと関わるのも今日で終わり。まぁ、後任が携帯も持たない連絡手段のないあんたを見つけられるかどうかは分からないけど、そこはあんたの自己責任だから」 「これでも僕は別に隠れてるつもりはないんだよ。これは本当。そして見つけけられるつもりもない。これも本当。でもどうしてか君にはいつも見つかってしまうんだ。不思議なものだね」 「一度は男と女として情愛を交わした仲だから、と言えば少しはロマンティックかしら?」 「まったくもって君らしくない言葉だよ」 さながらこの男は渡り鳥だ。 ただ行先は定まっていないけれど。 同じところに、同じ人間と、長く共にはいられないどうしようもない性分で、それでも縁を切っては行けないこれもまたどうしようもない性分で。 それでも私は幸せだった。 恨み辛みは言い出せばキリはないけれど、それでも幸せだった。 一時でもその羽根を休める止まり木になれたこと、そして私を選んでくれたこと、それは間違いなく私にとっての喜びだったのだから。 あんたを愛せて、私は確かに幸せだった。 「別れが下手なあんただから、今度こそ私から言うわ」 二度とはない、感謝と惜別の言葉を。 (130814) |