「お休みが終わるのはあっという間ね」
「そう言うな、また帰ってくるさ!」
「そう言って小平太はいつもすぐ帰っちゃうもの」
「でもすぐに帰っても来るだろう?」

真っ直ぐな瞳でそう言い切った小平太の言い分は、確かに正しい。
すぐに戻って来て、またすぐに帰ってしまうのだ。
そんな小平太を見送るのもこれで6年目になった。
忍術学園の生徒の間は、決まった休みが設けられているけれどそれから先は、分からない。
だから見送りができる今を、精一杯その背中が見えなくなるまで祈る想いで送り出そうと決めている。

「次に来た時は、また小平太の背が伸びてるかもね」
「最近はこれでも落ち着いた方なんだが」
「前よりも首が痛いよ?」
「それは困る!お前が目を見て話してくれなくなるのは嫌だ」

どれだけ背が伸び、体が大きくなっても人懐こく笑う顔は変わらない。
昔から知っている小平太の無邪気な表情は、いつだって私を温かい気持ちで満たしてしまうのだ。
どれだけ無理を言っても無茶をしても、この表情で笑われて謝れてしまっては許さざるを得ないのだから困ってしまう。
それを知ってか知らずか、いや、知らずの内にしているのだろうからまた性質が悪い。
それでも許してしまうのだ。
仕方ないんだから、と思わず私も笑ってしまう。
でも本当は分かっている。
私の知っている小平太が変わっていく様を、恐れていることを。
変わらないところを見つけては安心して、変わっていくところは見ないふり。
置いてけぼりになることに不安を覚え、膝を抱いて座り込んでいる私はとうに置いてけぼりなのに。
幼馴染の成長を喜べない私に気付かれないように、私は変わらないままでいいと自分に言い聞かせて今日も寂しさを押し殺すのだ。

「みなさんに迷惑をかけないようにね」
「問題ない!」
「後輩は大切にするのよ」
「今でも十分可愛がっているぞ?」
「体、大事にしてね」

瞳を落とし、それだけを言うと少し前を歩く小平太の足が止まる。
ふと顔を上げれば、ひどく真面目な表情を浮かべる彼が振り返った。

「さっき、お前は帰ってしまうと言っていたな」
「忍術学園に帰るんでしょう?」
「んー…それは間違いないんだが、何故かしっくりこない」

何だこの違和感は、と首を捻る小平太に私は苦笑する。
どうせすぐに細かいことは気にするな!とすぐにその違和感とやらも忘れてしまうのだろう、と思ったからだ。
それでもずっと顎に指先を置いたまま、考えを巡らせる珍しい姿を眺めているとはたと思い付いたように勢い良く顔を近付けられた。

「あぁ、そうだ!学園も大事な場所に違いはないが、私の帰るところはお前のところだからだ!」
「え?」
「だから学園へは、『戻る』と言う方が正しい気がする」

帰るのはここだろう、と咲く笑顔を上手く受け止めきれないまま立ち尽くす私に大きな影が伸びる。

「珍しく、細かいことを気にするのね」
「私は大事なことは見誤らないぞ!」
「大事な、こと」
「私はもうすぐ卒業だ。そうすれば学園に私の居場所はないが、お前はいつでも私の居場所を取っておいてくれるだろう?そこに帰らないでどこに帰ればいい」

この無邪気な表情には、やはり困ってしまう。
ひどく醜い感情に嫌悪していた気持ちなどすぐに吹き飛ばし、私を温かい気持ちで満たしてしまうのだから。
もうすぐ分かれ道。
歩き続ける小平太を、立ち止まり見送るところ。
一緒にいる時間は本当に短い、とたどり着いたその場所で小平太の衣の裾を引っ張れば、「どうした?」と聞く彼のそれへ握っていたものを挿し込む。

「何だ?この花は」
「お守りよ。小平太が無事にまた帰ってきますようにって」

そしてまた、私が笑って『おかえり』と言えますようにと。
枯れないよう大事にする、と残された言葉だけで十分だった。
それだけで何もかもが報われた気さえするのだから、この想いはなんと複雑なことか。
ここから歩き出す小平太は決して振り返らない。
けれどそれで良かった。
次も必ず、大きな笑顔を携えて帰って来てくれるのだから。



「小平太」
「おぉ、長次。先に帰ってたのか!」
「…その花は」
「これか?これは幼馴染から貰ったんだ!可愛らしいだろう?」
「捩花の花言葉、知っているか」
「いや、花の名も今知った」
「思慕。想い慕っているということだ」
「…そうか、では尚のこと枯れないよう大事にしなければな!」


みちのくの しのぶもぢずり誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに
(誰のせいでありましょうか。「忍捩摺り」の乱れ模様のように、私の心は忍ぶ思いに乱れています。私のせいではありません。ほかならぬあなたのせいですよ)

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