「その後の首尾はどうだい」
「そろそろ来られる頃だと思ってましたよ」

茶屋の看板娘、と呼ばれるようになって随分と経った頃にある日、突然姿を現すようになった男がいる。
ここで情報を買えると聞いたのだが、と随分と整った顔で尋ねられたことは記憶に新しい。
ゆっくりと腰を下ろす様子に、準備をしたお茶を差し出す。
頼まれていたものが詰め込まれた紙を小さく折り畳み、湯呑の影に隠すように差し出せば、慣れた手つきで懐へと仕舞われた。

「こんな長閑な茶屋で情報が買えるというのは、いまだに慣れないね」
「そう言う割りには、結構な頻度で顔を見ますけど」
「慣れはしないが、正確な情報が多いことは評価しているんだよ」

湯気の立つそれを静かに口元で傾けながら、一息をつく様子も何度も見かける光景だった。
来る時はいつも、他の客足が遠のく頃合いを見計らったかのように姿を現す。
忍という生き物の性なのだろうか。
誰もいないことをいいことに、その隣へ私が腰を下ろすのもまたいつからかできた決まり事のようだった。

「利吉さんにそう言ってもらえるなら、少しは自信を持てますね」
「だが、危険なことをしている自覚は持つべきだよ。私たちの世界では情報は命綱だからね。それを売っているとなれば、君自身にいつ危険が及ぶかは分からない」

お茶を飲み干し空になった湯呑を指先で遊ぶ利吉さんは、静かにそう言った。
その手には傷跡も肉刺もあるのに、端整な顔つきのままのそれはいやに整っているように見える。
情報を買っている身でそんなことを言える立場ではないだろうけど、と苦笑いを携えて続けられた言葉に隠すようにお盆を持つ手を潜めた。

「誰にでもしているわけじゃありませんよ。学園長先生を通じてしか、情報の受け渡しはしていません。あなたが来ることも、学園長先生から聞いていたから応じたまでです」
「そうか、父親が学園長先生の古くからの知り合いだと言っていたな。それなりに考えてはいるということか」

なるほど、と納得したらしいその手元の湯呑に、急須を傾け熱いお茶を注ぐ。
さっきまでは握っていたそれを体に横に置くのは、程よい飲み頃になるまで覚ます癖だということは利吉さんは知っているだろうか。
随分と穏やかな表情で空を眺めている横顔に問いかける。

「利吉さん、情報提供ができるということがどういうことか分かりますか?」
「多種多様な者が利用するからだろう?」
「その通りです」

ここは旅路の途中に佇む茶屋。
張っていた気を緩め、お腹を満たし、喉を潤わせる人々が集うところ。
安堵を得れば聞いてもいない話を延々と繰り返す人もいるし、聞くつもりはないけれど大声のせいで話が筒抜けになっている人もいる。
様々な人が、様々な事情を抱え、それぞれの行先へ向かうために一時立ち寄るここは多くの情報で毎日が勝手に溢れているのだ。

「ここはたくさんの人が訪れ、出会うところです。あなたが求めるような物騒な情報以外にも、温かいものが生まれる場所でもあるんですよ」

あなたがここを訪れたように、という言葉は心の中だけに仕舞い込む。
丁度飲み頃になったそれを再び口元で傾けながら、「ここでそんな光景を見たことはないが」と頭を捻った。

「それは誰もいない時にしか来ないからでしょう」
「それもそうだな」
「両親はそんな出会いの溢れるこの店を誇りに思っています。だからそれを続けられるように、私はできることをしているだけです」
「そういうことなら、片棒を担ぐのも悪くはない気がするよ」
「はい?」
「次からは団子も付けてくれないか」

売上に貢献しようじゃないか、と笑った利吉さんは一気に湯呑を煽り中身を飲み干す。
それが指先から離れれば、彼は行くのだ。
私がもたらした情報を武器に、命をかける仕事を繰り返すのだろう。
折り畳んだ紙を渡す私の想いなど、知らなくていい。
だからどうか、どうか無事にと願う祈りだけは少しでも伝わっているようにと、その背中を見送るのももう何度目だろうか。
御馳走さま、と渡されるお代を受け取り、いつものように背筋を伸ばして立ち上がる姿を見送りながら掌に感じる違和感を開く。
お茶代と情報代と共に寄り添うように付けられた薬入れに、「利吉さん!」と叫ぶように呼べば振り返った彼が笑った。

「手傷に良く効く。使うといい」
「き、気付いてたんですか!?」
「私の手と見比べて盆で見えないように隠したところから気付いてたと言えばいいか?」

最初からじゃないですか、と恥ずかしさに声が尻すぼみになる。
時々こうして意地悪を言う利吉さんは、年相応に見えるから困るのだ。
もしかしたら遠くはないのかもしれない、なんて都合の良いことを考えるから。
手の中のものを落とさないよう握りしめれば、不意に呼ばれた名前に瞳が育った。

「痛々しいから渡したが、働き者の手は嫌いじゃないよ」

嫌いじゃない、その言い方が利吉さんらしいと思うのは調子が良すぎるだろうか。
ただ数回、情報を求めて訪れる彼を知っているだけにすぎないけれどそれでも、と思う正体はもう既に知っていた。

「次が、あるんですよね」
「そうだな、次は学園の子どもたちも連れて来よう。大食らいがいるから覚悟するといい」
「じゃぁ何かほしい情報があれば伺っておきます」
「ここは茶屋だろう。それとも、それがなければ私は来てはいけないのかい?」

首を小さく震わせて違うと伝えれば、利吉さんがもう一度笑顔を零す。
次に来てくれる時は、普通のお客さん。
その時ようやく、私たちは出会えるのかもしれないと密かな期待に逸る胸を抑えた。

「では、来られる日を楽しみにしています」
「だとすれば、ここはさながら待ち合わせ場所のようだな」

ここは旅路の途中に佇む茶屋。
張っていた気を緩め、お腹を満たし、喉を潤わせる人々が集うところ。
そして今日からは、あなたの訪れを待つ待合所。

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