※『9月14日』に連なるお話です。





文明の発達が著しいこの時代には、言葉や気持ちを伝える手段は幾らだってある。
電話、メール、スカイプにLINE。
どれもこれも、おかげさまで俺たちの生活を便利にしてくれている優秀なツールだ。
でも不思議なことに、本当の本当に大切な何かを伝える時にはこれらはあまり役に立ってはくれない。
普段これだけ恩恵に与っているにも関わらず、人間とは何と身勝手で我が儘な生き物だろうか。
なんてことを、偉そうぶって考えている俺も例に漏れずというやつなわけで。
シンプルな便箋を前に、ペンを持つこと一時間。
頭の中は伝えたいことと、一抹の照れくささがぐるぐると駆け巡っていた。

「手紙って、何でこう堅苦しくなっちゃうんだろ」

誰もいない部屋でぽつりと零した一言は、誰に届くこともなく空気に溶けて消えてしまう。
指先で遊ばせるペンの動きが洗練されていくばかりで、結局便箋は空白だけが続いているのだ。
慣れないことは、どうにも思うように進まない。
これなら直接伝えた方が手っ取り早い、なんてことはここに至るまで何度も思ったわけで。
それでも、ペンを置き便箋を丸めることができないわけで。
それはつまり、それだけ一生懸命になる価値があることなわけで。
誰かのために何かをしたいと思うことは、とてつもない利己主義だ。
結局は巡り巡って自分のため。
そう分かっているのに生じるこの感情は、理性を簡単に飛び越えてしまうのだから性質が悪い。
似合わないことに時間を割いてしまう理由は、まさしくそれが原因なのだ。
ペンを握ったまま、後ろに身体を倒し大の字に寝転がる。
さて、どうしたものか。
頭に思い浮かぶものを言葉にする難しさに唸っていると、床に放り出していた携帯が振動を伝えた。

「はいはい、どーしたの?」
『何やってんのスポーツマン。さっさと寝なさいよ』
「電話してきたのはそっちなのにヒドイなぁ」

いつかを思い返させる言葉に吹き出したのはお互い様で、覚えていてくれたのかと安堵が広がる。
電話相手は、『こんなことだと思った』なんて言葉は呆れを示しながらも、声色はわずかながらに笑みを含んでいるようだった。
こちらの思惑はどうやら筒抜けだったようで、彼女曰く『考えてることくらい大体分かるよ』らしい。

「欲しいもの言ってくれたら、こんなに悩まないで済んだんだけど」
『じゃぁサマンサのバッグで』
「今言う!?」
『今じゃないとあんたホントに買ってくるでしょ』
「そりゃ誕生日プレゼントなんだから欲しいもの渡したいじゃん」
『いいよ。自分で買えるものはいらない』

電話越しに響く声は、凛と力強さを帯びていた。
多分自覚はないのだろう。
彼女は俺を喜ばせるのがとても巧い。

「誕生日おめでとう」
『あ、日付変わってたんだ』
「今年も俺が最初でしょ」
『うん。ありがと』
「渡したいものがあるから、どっかで時間作れる?」
『うん』
「サマンサのバッグじゃないけど」
『それはもういいってば』

おどけた軽口にくつくつと控えめに笑う声が返る。
寝転んだままの耳にはその高い音が、やけに心地良く届いた。

「どこにも売ってないから、お金じゃ買えないよ」
『一応楽しみにしとく』

憎まれ口を忘れないところが彼女らしい。
でも、声を聞けて良かった。
おかげで進まなかったペンも、今なら便箋を簡単に埋められそうだ。
通話を終えた携帯を床に置き、掌に転がるペンを再び握り締める。
そうだ、明日は彼女の好きなケーキも買って行こうか。
自分の誕生日だというのに俺の財布事情を気遣う彼女も、そのくらいならきっと、許してくれるだろう。
笑ってくれるだろう。







今日という日に生まれた君へ

女の子らしい見た目に紛れがちだけど、君はとても責任感が強くて真面目で、筋の通らないことが大嫌いな気の強いところがあります。
だけど俺は知っています。
君がいつも、大切だと思うものには自分のことなんてお構いなしに一生懸命になってしまう人だということを知っています。
どれだけ体調が悪くても、どれだけ落ち込んでいても、自分よりも大切な誰かを尊重してしまう優しい人だということを知っています。
君は頑張り屋さんです。
文句を言ったり、愚痴を零すことはあっても、結局君は頑張ってしまいます。
自分を押し殺して、自分ひとりの我慢でうまくいくならと本音を飲み込み気を遣ってしまいます。
そうして少しずつ自分自身を削りながら、誰に感謝されるわけでもないのに君は当たり前のようにそうしてしまいます。
それが俺は、とても心配です。

俺がどれだけ心配しても、君はやっぱり自分に嘘を吐けずに無理をしてしまいます。
つらい時は言ってほしいとお願いしても、限界がくるまで君は言いません。
俺が君の無理を汲み取れない時もあります。
それでも君に、無理矢理聞き出すようなことはしません。
どうしてもしんどくて、どうにもならなくなった時、話を聞いてもらいたくて誰かに会いたくなったら最初に俺を思い浮かべてもらえたらそれでいい。
いつか君が俺に送ってくれた言葉を、今度こそ俺から送ります。
その時は迷わず俺のところに飛んで来てください。
抱き締めて、頭を撫でて、俺がちゃんと元に戻してみせるから。
責任感が強くて、真面目で、筋の通らないことが大嫌いな気の強い君に。
自分よりも誰かを優先して傷付いてしまう優しい君に。
だから安心して、これからもそのままの君でいてください。
たとえ君が、今の君を嫌いだと思っていても、俺はそんな君を愛しく思っています。

誕生日おめでとう。
そして、生まれてきてくれてありがとう。

及川徹


(メメに捧ぐ)