※未来のお話です。ゆるいアダルトな表現がありますので、閲覧は自己責任でお願いします。





「言い忘れてたけど。オレ来月からアメリカ」
「え、行くの?」
「っつーか住む」
「そうなんだ」
「来るか?」
「や、行かないけど」
「だよな」

狭いベッドの中、背中合わせの向こう側から飛んで来た言葉は相変わらず唐突だ。
まるで近くのどこかにでも誘う気軽さで掲げられた提案には、何を考えるよりも先に返事が口を突いた。
その回答があまりにも予想どおりだったのか、青峰くんは喉を鳴らして笑う。
夢と現実の境目を漂っていた頭が、次第に現実に手繰り寄せられていく。
そうしてようやく彼に何を言われたのかを理解して、とんだ馬鹿げた話だなと思った。

「学校はどうするの」
「姉妹校?っつーの?ウチの学校、向こうにそういうのあんだろ」
「留学じゃなくて編入ってこと?」
「もともとそれがあるから選んだ大学だったしな」
「…大丈夫なの?向こうの大学って卒業とか大変って聞くけど。英語なんてできないでしょ」
「火神ってやつがそっち通ってるし、何とかなんだろ」
「ああ、あのアメリカ育ちの」
「精々利用してやるよ」

得意気に、何の不安もございませんとばかりに鼻で笑う様子は、普通ならとんだ世間知らずな自信家に見えるのだろう。
だけど本当に何とかしてしまうのだろうな、と思わせるものが青峰くんにはあった。
事実、バスケにおいて彼はその身ひとつで何でも成し遂げてしまうのだから、そのために進む道で私が投げた憂いごとなどひどくちっぽけなものなのだ。
その鋭い瞳はもう、海を隔てたその先を見据えている。
思えば初めて会った時から、いつかアメリカへ行くと言う話は聞いていたっけ。
その頃は、さつきを通して知り合ったこの男が、そんな大それた人間だったとは思いもしなかった。
もともとバスケなんて漫画でしか見ることはなかったし、スポーツとまるで縁のなかった私がその筋に詳しいなんてことがあるはずもなく、名の知れた男という認識もなかったのだけれど。
関わりが深くなるにつれて、本当にいつか遠いところに行ってしまいそうだと思っていたことが、まさかこんなにも早く現実になるなんて思いもしなかった。
迷わず進むべき場所を選択できる強さや自信が、少し羨ましい。
そしてそんな大切なことを言い忘れられる私には、到底持ち得ないものなのだと思い知る。

「もうずっと向こうなの?」
「先のことは分かんねーよ。でもまぁ、そうなるだろうな」
「じゃぁうちに置きっぱなしの物も整理して持ってってね。置いてったら捨てるから」
「ひでーこと言うなよ」
「いやいや、今まで黙認してたことに感謝すべきだからね」
「へいへい。明日にでもやりますよ」

準備もあるし、そうそう来れねーしな。
独り言のように呟かれた言葉に、ぎゅっと固く瞼を閉じた。
そもそも、当たり前のように享受しているこの状況がおかしな話なのだ。
さつきのような幼馴染でもなく、ましてや恋人同士でもない私たちが同じ部屋、ひとつのベッドで夜を越えるなんて、とても他の人には言えやしない。
しかも一度や二度のどうしようもないハプニングというわけでもなく、私のアパートが大学の近くという理由で、気が向いた時にふらりと立ち寄り寝泊りを繰り返しているなんて。
とてもじゃないが、年頃の男女のすべきことではない。
分かっていても、口先では文句を言っても、結局遠慮も配慮もないこの男の自分勝手さに折れてしまうのは、心底陳腐な理屈だ。
もちろん一度としてそれを告げたことはないし、バレていない自信はある。
知られた時点で、流石の青峰くんもこともなげに訪ねてくることはしないだろう。
取り立てて私の家でなければならない理由は、青峰くんにはないのだから。
聞いたことはないけれど、恐らくこんな都合の良い相手は何人もいるのだ。
人の家でいつのまにか勝手を覚え、テレビを見たり、雑誌を読んだり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、ベッドの端を独占したり、私のようにそれを許している、そんな相手が。
ただひとつはっきりしていることは、私には立地条件の良い居場所の提供を求めているだけということ。
男女特有の、所謂“そういうこと”は全くない、健全な大学の友人を貫いているのがその証拠だ。
付き合ってもいない相手と寝食を共にしている時点で不健全だ、と言われてしまえば言い訳のしようもないけれど。
とにかく私と青峰くんの間には、そんな生々しい事情は一切ない。
横柄で有無を言わせない普段の態度とは裏腹に、ベッドで横になっている彼はいつも壁際に身を寄せて、“お行儀良く”眠りに落ちている。
何度か蹴り落とされた経験があるので、寝相が良いとは言えなくとも、素行は優等生だった。
きっと、“お行儀の良くないそういうこと”を求める相手は別にいるのだろう。
学校近くの人の家に入り浸っているとおり、青峰くんは相当ズボラな男で面倒なことを何より嫌う。
その性格で、あちこちに足を運ばなければならない環境など避けそうなものだ。
それでも誰かひとり、特別という枠を設けない青峰くんに、私はいつも不思議に思っていた。
その方が随分楽ができるだろうに、と。
けれど言い忘れていた、と何てことはないように告げられた予定で、ああそういうことかと合点する。
いつか飛び立つことがはっきり決まっているのなら、誰かひとり、特別という枠を設ける方が彼にとっては面倒だったと言うことだろう。
妙なところで卒がない。
決して褒められることではないけれど、そのはっきりとした性格は感嘆に値する。
精々利用されていたのは、私だ。
恋人だったなら、例えそうでなくとも大切に想ってもらえる存在なら、言い忘れたりなどされなかったのだろう。
こんなふうに寝転がりながら、暗闇の中そっぽを向き合った状態ではなく、電気の点いた明るい光の下、顔を見て、瞳を合わせて、物のついでのようにではなくきちんと選ばれた言葉で、伝えてもらえたのだろう。
どんどんと血の気が引く身体を持て余しながら、もぞ、と心地の良い体勢を探るように動けば、足の裏に温かい感触が伝わった。
思わず慌てて引っ込める。
いつもなら、ベッドに入って数分で既に夢の中にいるような寝つきを誇っているので、もう寝ているだろうと思いつつも、「ごめん」と一言詫びを入れると、「別に」と短い返事が届いた。
まだ、起きているのか。
珍しいこともあるものだ。
すっぽりと肩まで掛け布団を被り、たった数センチしか離れていないはずの背中を、どうしようもなく遠くに感じていた。
あと何回、こうして一緒に眠れるのだろう。
あと何回、その部屋着を洗濯できるのだろう。
あと何回、朝ご飯の目玉焼きにケチを付けられるのだろう。
あと何回―――
こんなことになるなら、冗談でも一緒に行くと言って見せれば良かった。
少しくらい、驚かせることができただろうに。
ああ、本当に馬鹿げた話だ。

「おい」
「なに?」
「寝れねーのか」
「どうして?」
「足が冷たかった」
「冷え症だよ」
「お前さ、眠かったら体温すげー上がるよな」
「…何でそんなこと知ってんの」
「寒い時は良く世話んなってる」
「人が気持ち良く寝てる時に何してんの。湯たんぽ代わりにしないでよ」
「まったくだな」
「いや、あんたのこと言ってるんだけど」
「毎度毎度ぐーすか安眠しやがって」

些か拗ねを含んでいるような物言いに、ぱちりと瞼を開ける。
数回瞬きを繰り返し、真っ暗な部屋を見渡して、背中越しに響いた言葉を飲み込めば、ごそごそと動く背後の気配に、思わず身体が強張った。
恐る恐る伺うようちらりと振り返れば、深く濃い瞳の色が暗闇の中に浮かび、射刺すような眼差しが私を映す。

「こっち向けよ」

そのたった一言が、いつだって私には強く響く。
逆らえない何かがそこにはあって、情けないことに私はいそいそとそれに従ってしまうのだ。
ゆっくりと身体を動かし、寝返りを打った。。
もともとひとりが横たわるサイズのベッドで、無理矢理ふたりが転がっているのだから、あちらこちらから悲痛な悲鳴が上がる。
キシキシと軋む音が収まると、途端に静寂がふたりに落ちた。
間近に佇む表情を直視できるはずもなく、掛け布団を目深に被ろうとするけれど、大きな掌が簡単にそれを阻む。

「話しをする時はちゃんと相手の顔を見て話しましょうって、習わなかったか?」
「相手を思いやる気持ちを大切に、とは習ったね」
「はっ、相変わらず口の減らねーやつ」

そう言って伸ばされた指先が、恭しく私の顔にかかる髪の束を梳いた。
身体に触れられたわけでもないのに、心臓がけたたましく鳴り響く。
この至近距離ではそれさえも伝わってしまいそうで、ひどく緊張をしてしまうけれど、髪を流した指先はそのまま大人しく布団の中へ帰って行く。
一体何がしたくてこの夜更けに、何者でもない男と女がひとつのベッドの中で向き合っているのか。
目の前に佇む男の様子は、至って落ち着いている。
尚のこと妙に悔しくて、でもこれが最後かもしれないと思うと名残惜しくて気が狂いそうだ。
夜はいけない。
嫌な考えしか浮かばない。
じりじりと熱を帯び始める瞼が、すぐに視界を滲ませる。
ああ、でもこの暗がりだと悟られることもないだろうか。
近くで揺らめく双眼がぼやけ始めた頃、ドスンとお腹の上に重みが走った。
青峰くんの脚の仕業だ。

「…今日は行儀が悪すぎない?」
「脚が長くて悪かったな」
「おかげさまで過去数回蹴落とされましたよ」
「狭いんだから仕方ねーだろ」
「当たり前でしょ、ひとり用なんだから。こんな巨体が寝そべるなんて想定外だったの」
「ベッドくらい色気出せよ。これじゃ男はいりませんってのと一緒だぜ?」
「大きいベッドなんて置いたら部屋が埋まる」
「っとに可愛げがねぇ」
「うるさいなぁ。そんなに言うなら新居に置けばいいでしょ。青峰くんが両手両足広げても間に合うくらいでっかいやつ」
「ははっ、そりゃ相当でかいな」
「向こうなら、それくらい大きいのも普通にありそうだし」
「かもな」
「だから私の寝床事情なんて心配してもらわなくて結構です。そうなった時に考えます」
「あっそ」

愛想のない返事が届いたかと思えば、お腹の上に無遠慮に乗せられた脚がするりと絡まり、私の動きを殺す。
慄く身体を逃がさないとばかりに引き寄せると、長くしなやな四肢が私を閉じ込めた。
予定調和のように組み敷かれる様はまるで檻のようで、暗闇にもはっきりと映るインディゴブルーの輝きを瞬きを忘れた瞳が捕らえる。

「だったらすぐ考えろ」

今が、そうなる時だ。
耳元で囁かれた声に、吐息に、身体が震え、私のものか青峰くんのものか分からないシャンプーの香りに眩暈がした。
この先に何が待ち構えているのかなど、想像するまでもない。
このまま瞼を閉じればそれを合図に、知らない夜が始まる。
男女特有の、所謂“そういうこと”が。
徐々に細く狭くなる視界に逆らうよう、ゆっくりと開く。
間近に落ちる青峰くんの表情をじっと見据えれば、「考えはまとまったのかよ」と零される不敵な笑みに、厚い胸板を押し返した。

「…思い出作りでもするつもり?」
「あ?」
「だったらやめておいた方が良いよ。私はさつきの友達なんだから、後腐れなくとはいかないでしょ」

顔を反らして蹲った私に尚も注がれる射すような眼差しは、深く沈めてきた想いを見透かしているようにすら感じる。
居心地の悪さに、何とか言ってくれと半ば祈るように願っても、広がるのは沈黙ばかりで静けさが不気味だ。
肩を竦めて小さく背中を丸めても、私を閉じ込める檻は開かない。
このまま眠ってしまえば、朝にはいつもどおりの私たちに戻れるだろうか。
寝坊しておきながら朝ご飯を強請り、服を脱ぎ散らかしたままにして、洗濯して仕舞ってある普段着に袖を通し、朝ご飯の目玉焼きの半熟具合と塩加減に文句を言いながらも完食し、人の自転車に我が物顔で跨り、後ろに私を乗せて大学へ向かう。
何事もなかったように、そんな私たちの当たり前に、戻らなければならない。
チカチカと焼き付く色を遮るように、目を閉じた。
大丈夫、まだ隠せる。
今までずっと、そうしてきたのだから。
四つん這いになった男の下で丸まっている女なんて、さぞや笑える光景だろう。
なけなしの強気を振り絞って「おやすみ」と囁けば、「オレは考えろって言ったんだよ」と低く唸る声が落ちた。

「逃げて良いとは言ってねぇ」
「だから、」
「お前がオレを好きなことくらい、とっくに知ってんだよ」

ぱちり、と瞼を開く。

「思い出作りだ?んなチマチマした理由でこんな面倒なことするかよ」

横を向いていたはずの身体は、簡単に仰向けに転がされる。
こつん、と額同士をくっ付け、覗き込む瞳はやっぱりインディゴブルーの深さを物語っていた。

「後腐れ、結構じゃねーか。キレイさっぱり清算なんてはなから望んじゃいねーよ」
「じゃぁ、何を望んでるの」

掠れ掠れの声でそう問えば、見たこともない優しい微笑みをひとつ零して、青峰くんは顔の角度を変えた。
なに、と紡ぐはずだった唇が塞がれる。
くっ付いていたのは額だったはずなのに、体温の余韻を残しながら食むように這う彼のそれは私に息を吸うことも許さない。
息苦しさに身体をうねらせれば、伸びた着衣が肩を丸出しにした。
無防備なそこを長い指が包み込むように掴みながら、青峰くんはキスと言うにはひどく粗暴な、だけど貪ると言うにはひどく繊細なその行為を繰り返した。。
私の訴えなど全く聞く耳ももたず、まるで束縛するように、繋ぎ留めるように、私のあらゆる抗いを食い尽くしていく。
はっ、とひとつ息を吸い上げれば、ようやく呼吸の許可が下りた。
お腹と肩を大きく揺らして酸素を求める私とは裏腹に、青峰くんの呼吸に乱れはない。
半ば恨めしく睨み上げてみても、ギラギラと怪しい輝きを放つその瞳には何の効果も望めなかった。
言葉にせずとも理解しろ。
そんな横柄さを雄弁に語る態度を見せるくせに、頬を撫でる指がたわやかに触れるなんて卑怯だろう。
文句のひとつでも言ってやりたいのに、言葉が出ない。
虚しさでも満足でもない、そんな複雑な感情を上手く例えられずに「悔しい…」と唇を噛みしめると、青峰くんがそっと耳打ちする。

「愛しいの間違いだろ」

何ともらしくない言葉を囁きながら、目尻から滑り落ちた涙の筋をその唇が辿る。
既に賽は投げられた。
合図など、もう必要ない。
今度こそ行き着く先まで行ってしまう確信を、お互い持ち合わせてしまった。

「これから遠くに行く男と、バカみたい」
「だからこそじゃねーの?」
「向こうに行きっぱなしのくせに」
「そうだな」
「寝返り打っても広々してるベッドに、巨乳美女でも連れ込んでればいい」
「浮気は趣味じゃねぇ」
「誰も文句なんて言わないよ」
「そこは言っとけよ。っつーか浮気しないで、くらい可愛いこと言ねーのかお前は」
「絶対言わない」
「あっそ。でも俺は言うぜ。この部屋に、オレ以外の男は絶対入れんな」
「…お父さんが時々来るけど」
「空気読めよ」
「それだけは青峰くんに言われたくないよね」
「うっせ」
「あと言い忘れられてたこと、割と根に持ってるから」
「あんなもんとりあえずの言い訳に決まってんだろ」
「知らないよ」
「言うタイミング、掴み損ねてたんだよ」
「いくらでもあったじゃん。思いっきり人の家でくつろいでたじゃん」
「ソーデスネ」
「何でもっと早く、言ってくれなかったの」
「いつもどおりのお前といたかったから」
「え?」
「結構気に入ってんだよ。狭いベッドの雑魚寝も、下手くそな目玉焼きも、チャリのニケツも。だから名残惜しがられんのがキツかった」
「…ほんっと自分勝手」
「へーへー」
「名残惜しむくらい、させてよ」
「あーもう、黙ってろ」

涙ぐんだ声すら全て飲み込まれて、知らない夜が始まりを告げる。
これが最初で最後になるのかもしれない、そんな想いをどこかに残しながら、注がれる熱を想像しただけで身体が震えた。
彼の首に両腕を回して、感覚を研ぎ澄ませて、重なる重心の生々しさに打ちのめされる。
それでも良い。
何でも良い。
私に触れる全てをひとつも取り零さないように、刻み付けてほしい。
休みには帰って来る、メールもする、電話もする、パソコンも買う、なんて必死に私をなだめようとするから、だからお前も来いよ、なんてやっぱり近くのどこかにでも誘う気軽さで言うから、苦学生には夢物語だと思うのに頷いてしまうのだから泣けてくる。
だから私も、バイトを増やさなくちゃ、パスポートを取らなくちゃ、なんてどうしたらこの腕の中に帰れるかを打算する。
置いて行かれる惨めな女の安いドラマのようだと自嘲しながら、私にはもうこの身体にしがみ付く他に術はないのだ。
隆々とした背中に引っ掻き傷を残して、わずかに自尊心を潤わせる。
可愛げのあることは何も言えそうにないから、せめて誇らしくあなたを送り出したいのに。
どこにも行かないで、と叫び出しそうな唇はずっと、青峰くんが食べ続ける。
まるで言わないでくれと懇願するように。
強く鋭く生きている彼が何故、今になって私を必要としてくれたのか、どれだけ考えても出ない答えを探すのは、もうやめた。
それは諦めでも拒絶でもなく、夜に溶けるこの営みを認めることで青峰くんが手に入るのなら、彼を失わないためにそれは必要な決まりごとのようだった。

「このまま、連れて行きてぇよ」

行かないでと言わせてくれないくせに、まったくひどい男だ。
横暴で、横柄で、自分勝手で、わがままで、本当にどうしようもない。
だから私も、もう何も遠慮はしない。
私が、そこへ行くと自分で決めるその時まで、絶対に待っていて。
それまでは相変わらず狭くて寝返りも打てないひとり用のベッドと、なかなかあなた好みにならない目玉焼きと、ブレーキの煩い自転車をここに、置いておくから。
かつてあなたがここにいた証を、何ひとつ手放さずにいるから。
私が、いるから。
だから、と強く抱き締め合うふたりの腕だけが不恰好に私たちを繋ぎとめる。
唇同士のわずかな隙間を縫って、「忘れないで」と零せば、深いインディゴブルーが歪み、揺れた。
決してひとつにはなれない私たちだから、どこにいても何をしていても別々のふたりだから、せめてお互いを覚えていられるように触れ合おう。
この夜の間だけは、境目が分からなくなるほど掻き混ぜてしまおう。
暗闇の静けさも、伝う愚かさも、身勝手な正当化も、全部、全部。

「オレのもん、勝手に捨てんなよ?」
「そんなに心配だったら、抜き打ちチェックなり何なりお好きにどうぞ」
「荷物の?お前の?」
「どっちも?」
「ははっ、そりゃいい。可愛いことも言えんじゃねーか」

全部、平らげて。

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