女の体は不便だ、と誰かが言っていた。
誰が言っていたかは忘れたけれど、その言葉には確かに、と頷かずにはいられないと思うのが月に一度の女特有の行事だろうか。
鈍く重い痛みを下腹部と腰に抱え、自分の意思とは反して流れる感覚に慣れる気配はなかった。
あぁ、堪らない。
体を小さくして縮こまり、堅く瞼を閉じればゆっくりと意識が引っ張られた。


「あぁ、気が付いたかい?」

ぱちりと次に瞼を開いた時に、視界いっぱいに広がっていたのは見覚えのある顔。
いまだぼんやりとする意識の中で思わず目の前の顔に手を伸ばせば、簡単にそれを阻まれた。

「あ、鉢屋だ」
「それで見分けられるのも微妙だな」

とりあえず、鉢屋であることは間違いなかったようで安心する。
そしてさっきまで外にいたはずなのに、とどこをどう見ても部屋の中の光景を眺めた。
少しだけ開けられた障子の先には、夕焼け空が広がっている。
外にいた時はまだ青空が広がっていたはずだ。
そもそも布団の上で寝転がっている事態でさえ理解できないまま、鉢屋に「私、今どこにいるの?」と尋ねれば「学級委員長委員会の部屋だよ」と鉢屋が読みかけの本から視線を上げた。

「もしかして倒れてた、とか」
「もしかしなくても倒れてた」
「医務室じゃないよね」
「あそこは出入りが多いからっていう私の配慮はありがたくなかった?」
「ありがたいです」
「ちなみに今日は委員会はないから、ここには私しかいないよ」
「勘が良すぎるのも考えものだね」

横向けに寝かせられていたことも、わざわざ誰もいない部屋を選んで運ばれたことも、嬉しい配慮と思いつつ、察されたくないという繊細な女心は完全に度外視されていることに苦笑いを零す。
まだ残る痛みやだるさを堪えながらゆっくりと上体を起こせば、「それで、体はどうだい?」と伺うような視線が向けられた。

「何とかなりそうってところかな」
「落ち着くまでいればいいよ。どうせ誰も来やしないし」
「でも鉢屋がどこにも行けないでしょ?」
「もう日も傾いてるよ」

意地悪そうに目を細めてそういった鉢屋に、かけ布団を鼻の上まですっぽり被る。

「面倒に巻き込んで悪かったなぁって思ってるんだってば」
「そう思うならあんなところで倒れないことだね」
「…以後気を付けます」
「全くだよ。見つけた時は肝が冷えた」
「誰の?」
「ここで私以外に誰がいるっていうんだ」

それが付きっきりで看病していた私への態度とは随分じゃないか、と追い打ちをかけられ更に目深く布団を被る。
開いたままになっていた本をぱたんと閉じる音が届いた。
恐る恐る鉢屋の方へ視線を移せば、少し呆れた様子を滲ませながら「どれどれ」と顔色を窺うように覗かれる。

「少しは顔色も良くなったかな。まぁ、それだけ口が達者なら大丈夫だろう」
「本当にありがとう。迷惑かけてごめんなさい」
「この私に、雷蔵との予定を先延ばしにさせるくらい心配をかけた自覚は、そろそろ持ってほしいものだね」


片手に持っていた本を置き、被っている布団を引っぺがされる。
それが心配したという人の態度としてはどうなんだ、といつもなら間髪入れずに言えただろう。
いつもなら言えたのに、今に限って言えなくなってしまったのは、差し込む茜色に照らされた鉢屋の表情があまりにも安堵を映していたせいだ。
本当に心配をかけてしまったことを今更に知り、散々な態度を取っていた少し前の自分を叱り飛ばしたい。
布団を剥がされたことでむき出しにされた体を丸め、頭を抱える。
女特有の生理現象を見抜かれたことよりも、鉢屋が一日を潰してまで心配してくれていたことを軽んじてしまった方が比べ物にならないほどに恥ずかしい。
そんな様子に盛大な溜息を吐き出した鉢屋は、罪悪感に苛まれて丸まっている私の背中にそっと撫でた。


「その大変さは男の私には分からないけど、女にとっては子を産む大事なものだろう?無理はしないことだよ」
「…以後気を付けます」
「とりあえずもう少し休むといい。私もここにいるから」

奪われた掛布団を綺麗に伸ばし、丁寧に掛けられる。
いつもは意地悪しか言わないその口が、確かに心配したと言った。
いつもは意地悪しか生み出さないその手が、確かに丁寧に触れた。
何もかもが真反対で少しの照れくささから再び目深くそれを被り、鉢屋は置いていた本を再び開く。
目覚めた時と違うのは部屋中に茜色が広がっていること、本を読む鉢屋がさっきよりも近くにいること、鉢屋が撫でてくれた背中がポカポカと温かかったこと。
痛みも気怠さも、驚くほどに和らいでいた。

「鉢屋」
「何だい?」
「私、鉢屋が優しい人だって知ってるよ」
「なら、わざわざ世話を焼こうとする理由も知っててほしいね」

再び読み始めた本に視線を落としたまま、鉢屋がそう言った。
少し考え「それは私が女だから?」と問いかければ、ひどく大人びた表情で笑う。
茜色の世界は色鮮やかで、どこか寂しげで、限られた一時だけ姿を見せるその様を「まるで鉢屋のよう」と呟けば、「勘が悪すぎるのも考えものだ」と彼の溜息が溶けた。

(title by 誰花)