練習着から制服に着替え、コートに腕を通しマフラーに顔を埋める。
冬の部活終わりはいつもこうだ。
そしてポケットに忍ばせているカイロで、酷使した指先を温めるのだけれど。
今日はそのポケットすら寒々としている。

「あー…やっぱ夜は冷んなぁ」
「そうっスねー」

黄瀬とふたり、並んで出た部室から下駄箱を目指す。
いつもはここに笠松や小堀も加わっているのだけれど、スポーツ用品店に寄ると言うので今日は別行動となった。
本来はそのスポーツ用品店に俺や黄瀬も付き合うところを、暖を取る手段のない俺は早く帰りたくて、黄瀬は仕事の打ち合わせがあるらしくその誘いを断った。
肌を刺す風に寒い寒いと繰り返しながら、男がふたりで肩を竦めていても何の絵にもなりはしない。
女の子の温もりがほしい、と漏らせば「カイロで我慢っスよ」と鼻先を赤くした黄瀬が笑った。

「カイロ、ねぇ」
「いつも持ち歩いてるじゃないっスか。指先は大事にしなきゃっつって」
「そりゃお前、バスケやってるやつは指先大事だろ」
「まあ、そうっスけど」

白い息を象りながら、お互い両手は定位置のポケットの中に仕舞い込む。
けれどやっぱりそこは外気よりまし、程度の温もりしかなくて、随分似合わないことをしてしまった今日の出来事に気恥ずかしさからマフラーに顔を更に埋めた。

「にしても、今日はいつもより寒そうっスね」
「カイロがないからな」
「忘れて来たんスか?珍しい」
「いや、クラスのやつにあげた」
「へー」
「へーってお前なぁ。そこは女の子にあげたんすか?とか聞くところだろ」
「聞かなくても分かりますよ」

まるで分かり切っていると言いたげな黄瀬に、「まぁ想像どおりだ」と応えれば、「やっぱり」と返って来る。
やっぱりとは何だ、やっぱりとは。
お前が寒さで死にそうだって言うなら、カイロくらい出し惜しみなどするものか。
そんな文句を漏らしてみてもいまいち響かなかったのか、後輩のくせに疑いの眼差しを遠慮なく突き刺した。

「お前ね、そこは素直にありがとうございますでいいだろ」
「いやいや、だって森山先輩っスよ?」
「何だよそれ」
「じゃぁ女の子とオレが寒さで死にそうな時、どっち選びます?」
「愚問だな。女の子だ」
「ほらー」

まぁ分かってたっスけど、と分かりやすく肩を落とす様子は、数少ない可愛げを垣間見た気がした。

「似合わないことはするもんじゃないな。おかげですげー寒い」
「一個いります?オレ何個か持ってるんで、ひとつくらいだったら構わないっスよ」
「お前が女の子だったらなぁ。速攻でもらうのに」
「なーに言ってんスか。逆に遠慮するくせに」
「うるせっ」
「まぁ、必要だったら言ってください」
「ん、限界きたら頼むわ」
「了解っス」

風に晒され続けながら歩く渡り廊下も、もうすぐ終わる。
それぞれの自身の下駄箱にまで足を運び、早く靴を履きかえた方がその少し先で待っているというのは、いつの間にかできていた暗黙の了解だった。
取り立てて一緒に帰ろうと示し合わせているわけでもないのだけれど、自然と形成される関係性というのはつくずく不思議なものだと思う。
そうして辿り着いた自分の下駄箱を、慣れた手つきで開ける。
ローファーだけが静かに収められているはずのそこに、随分場違いなものが目を惹いた。

「あ、それカイロじゃないっスか」

伸ばした指先を止めて思案していると、さっさと靴を履きかえた黄瀬が顔を覗き込ませた。

「良かったっスね。オレのオサガリ使わずに済むじゃないスか」
「嫌な言い方すんなよ」
「でも何で下駄箱に?」
「多分、オレがカイロあげたやつから」
「マジっスか。律儀な人っスねぇ。わざわざ購買で買ったってことでしょ?」
「購買で買いたくないって言うからやったのにな」

これじゃ結局、自分で買ったことになるじゃないか。
普段は飾らない言葉でずけずけと言いたい放題だと言うのに、時折見せるこうした細やかな優しさにいつもくすぐったさを感じる。


ありがとう。
風邪ひかないでね。



付箋に走り書かれたメッセージは、疲れた身体に染み渡る。
一体どんな顔をして書いたのだろうか。
オレの話を聞いている時はあからさまにうんざりだと顔に書きながらも、必ず返事をくれる。
呆れながらも、「あんたも懲りないね」と笑ってくれる。
それがひどく心地良くてつい甘えてしまうのだけれど、いつからか同時に物足りなさを感じていた。。
あの子が可愛い、この子が可愛い、その子が可愛い。
いくら熱弁しても、彼女の態度は変わらない。
だから少し、焦ってしまったのかもしれない。
クラスメイトに対して初めて、天使だ運命だと言って見せた。
彼女が瞳を丸くさせたのは、オレが今まで密かに決めていたことを何となく察していたからだろう。
それを目の前で破ったオレに、「どうしたの」と訝しい表情を隠しはしなかった。
その意味するところが結局分からず仕舞いになってしまったのは、いつもよりぼんやりとしている横顔に具合が悪いのではないかと気が気ではなかったからだ。

「森山先輩、一足早い春の到来じゃないっスか」
「バーカ。そんなんじゃないっての」
「えー」
「何だよ」
「いや、てっきり自慢でも飛んで来ると思ってたんスけど。お気に入りの天使ちゃんじゃないんスか?」
「言っただろ。あいつはそんなんじゃないって」
「ふーん、なるほど。何となく分かった気がするかも」

意味あり気に企み顔を覗かせる黄瀬を横目に、不器用な方法で手渡されたお返しをそっとポケットの中に入れた。
ようやく履き替えられたローファーは、ただでさえ悴む足先をご丁寧に冷やしてくれる。
ああ、寒い。
下駄箱を抜け、校門に向かう途中で何度も指に触れるカイロのパッケージに思わず顔が綻んだ。

「黄瀬、やっぱカイロくれ」
「もらったやつ使えばいいじゃないスか」
「アホか、使えるかよ」

どこにでも売っている有名メーカーのそれだとしても、これは彼女がくれた世界でひとつだけのものだから。

「勿体なくて、使えないんだよ」

そういうことなら仕方ないっスね、とポケットから顔を出しているカイロが手渡される。
動かすこともままならなかった指先が、その温もりを感じるまでに時間がかかった。
よっぽど悴んでいたらしい。
けれど、彼女がこんな冷たさを知らずに帰れたのなら良かったと、心から思った。
そんな心情をそっち退けに興味津々な姿勢で、「その人どんな子っスか?」と尋ねる黄瀬を適当にはぐらかしながら、帰路を進む。
オレはどうしても、彼女を“天使”だなんて呼ぶことはできない。
女の子はみんな可愛くて、この何十億人と人間が生きる星で巡り合えたのだから、等しく運命を感じるのは決して間違えてはいないと思う。
けれど、そんな一言で済ませてしまいたくはない出会いだってあるのだ。
あったのだ。
彼女は知らない。
呆れたり笑ったり忙しなく変わる表情を見たくて熱弁を繰り広げていることなど、知るはずがない。
本来の役目を全うさせず、カイロを使えもしないオレを。
この付箋を付けたまま大事に取っておこうと、考えていることを。
彼女のことが、好きだということを。
人間に、恋をしているということを。

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