「何それ、可愛すぎるでしょ」
「どうにも親って思われちまったみたいでさ」

目の前を通る竹谷の後ろを付いて歩く小さな黄色いヒヨコたちへ、自然と視線が落ちた。
立ち止まった竹谷の足元へ健気に集合し、よたよたと纏わりつくように歩いている様子は何とも言葉にできない可愛らしさを発揮している。
付きまとわれている当人は「困ってんだよ」と口では言うけれど、表情は嬉しそうに綻んでいて説得力がないなと苦笑いを零した。

「ずっと付いて来るの?」
「基本外いる時は付いて来んなぁ。どうしようもない時は小屋に入れてるけど、閉じ込めんのも可哀想だろ」
「竹谷らしい」
「それは褒められてんのか?」
「褒めてるよ。いやー、それにしても可愛いものが近くにあるだけで竹谷でさえ可愛く思えるってヒヨコすごいわー」
「やっぱ褒めてなかっただろ!?」

うそうそ、ごめんって。
項垂れる竹谷の背中をぽんと叩いてケラケラと笑い声を上げる。
世間話をしていると、肩は自然と隣りに並んだ。
しばらく足を進めた先で竹谷が不意に立ち止まる。
申し訳なさそうな苦笑いの竹谷を見て、いつも誰かしらといるはずの男が珍しく1人で理由を察した。
これじゃ確かに置いていかれるわけだ、と私も足を止めると「先、行ってていいぞ」と声が張る。
急いでいるならその言葉に甘えるけれど、今は特に時間の制限もない。
からかうネタを増やすことに努めるよ、と言えば人懐こい表情で「ありがとな」と柔らく向けられた声色にくすぐったさを感じた。

「大変だね、お父さん。でもこの場合はお母さん?」
「言いたかねぇけど、後者だろうな」
「竹谷がお母さんって似合わなさすぎて、逆に笑えないね」
「だから言いたかないっつったんだよ」
「でも、いいなぁ」

ずっと竹谷に付いて行けるなんて。
続きそうになるその言葉をぐっと喉の奥で堪えれば、竹谷が首を捻り何かを思い付いたように笑った。

「何だ、羨ましいならそう言えって」

伸ばされた手が、私の腕を強く引く。
少し離れていたはずの距離が、何の予告もなく一気に縮まった。
跳ね上がる心臓が騒ぎ立てる。
強制的にぴたりと隣を陣取らせた竹谷は、「これでお前にも付いて来んぞ」と満足気に大きく頷いた。
何てことだ。
ヒヨコを羨ましいと思ったはずが、ヒヨコに付いて来られることが羨ましいと取られたらしい。
鈍い男だと常々思っていたけれど、ここまで的を射ていないことに満足さてしまっては何も言えはしないじゃないか。
しかもそれさえも竹谷らしいと思ってしまうあたり、何て面倒な感情を抱えてしまったのだろうかと気が遠くなった。

「本当に付いて来るね」
「な、言っただろ?」
「確かに可愛いけど、こんなに付いて来るってなると困る時も出てくるだろうね」
「こんだけ懐いてくれんのもあと少しだよ。こいつらの成長は早いから」
「それはそれで寂しくなっちゃう?」
「まぁな」

苦笑いを携えて頭をかく竹谷にもう一度「いいなぁ」と言いそうになってしまって、慌てて留める。
後ろを懸命に付いて歩く黄色いものがいるだけで、こんなにも感覚が崩されるものだろうか。
ちらりと横目ですぐ隣にいる男を見上げれば、「やっぱ寂しいよなぁ…」と少し背中を丸めて独り言を零していた。
その姿に何とも言えぬ哀愁を感じ、もう一度竹谷の背中をぽんと叩く。

「じゃぁその時は寂しくないように、私が竹谷の後ろを歩いたげる」

なんてね、と付け加え冗談めかして笑う。
そう続ければ竹谷からも冗談が返ってくるのだ。
それがいつもの竹谷と私のやりとりで、どちらからともなく笑いが零れるのもいつものこと。
その流れが当たり前に訪れると思っていた私に、竹谷はそのいつもを破るように「じゃぁさ、」と至極真面目な表情で見据えていた。

「そん時は後ろじゃなくて、隣がいい」
「今も、いるじゃない」
「うん」
「それじゃ変わらないよ」
「変わる」

変えるんだよ、と力強い物言いに何度か触れていた手の甲から大きな温もりに絡め取られる。
思わずたじろいでしまう私に構うことなく、竹谷は何も言わずにしっかりと手を握りしめ、ただ前を向いていた。
見上げた横顔に、いつもの明るく人懐こい表情はない。
心のどこかで、「なんてな!冗談だ」と笑ってくれないかと思った。
いつものように、それは行き過ぎだと私を怒らせばいいと。
だけど竹谷は譲らない。
突然に、乱暴に、一定を保っていたはずの距離を近付けて私を掴んで離さない。

「これで、変わっただろ?」

青空を背中に、今度はニッと白い歯を見せる。
私の知っているいつもの表情なのに、それはあまりにも眩しくて私は泣きそうになった。
掴めないと思っていたはずのものに今、包まれている。

「…ところでお母さん、いつになったら離してくれるんでしょうか」
「照れ隠しでふざけなくなったらな」

だからずっとふざけてていいぞ、なんて楽しそうに竹谷が笑うから私はやっぱり泣きそうになる。
足元に響く黄色い大合唱の中、突然舞い込んだ幸せを繋いだ手の中に閉じ込めて離さないでいられたらと、願うばかり。


(title by 誰花)

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