※ゆるいアダルトな表現がありますので、閲覧は自己責任でお願いします





「お邪魔します」
「はいどーぞ。何か飲みもん取って来るから、先部屋行ってて。階段上がって左の方な」

奇妙な誤解から奇妙な拗れ方をしていていた私たちだけれど、お互いに思うところがあったことを話し合ってからは、順調に彼氏彼女の道筋を辿っているような気がする。
一緒に帰れる時は私が高尾の部活が終わるまで待っていたり、家に帰ってからもメールや電話でまめに連絡を取って、高尾が休みの時には色々なところに遊びに出かけることもある。
相変わらず高尾は右側を歩いて私は左側を歩くけれど、2人の時は必ず手が繋がれるようになった。
どちらからと言うわけでもなく、自然に。
お互いの体温を共有することを、まるでそうすることが当たり前のように。
そんなことを繰り返す内に出かける先に困るようになるのも時間の問題で、案の定私たちも手頃に行ける場所は行き尽くしてしまった。
どうしようかとしばらく前に進まない話に、決着を付けたのが高尾だった。
じゃぁ、ウチ来る?
別に面白いもんも何もないけど、と続けられた提案に私が頷いて実現した高尾家の訪問は、お邪魔して早々現地集合を言い渡される。
言われるままに突き当たりの階段を上がり、登ってすぐ左手にあるドアを前に一応ノックをしてみる。
もちろん、返事はない。
もう一度「お邪魔します」と呟いて、恐る恐るドアノブを下げて入った部屋は、思っていたよりもずっと片付けられていた。
もう少し乱雑な感じかと思ってたけど、と足を踏み入れてすぐ目に着くのは本棚を埋めるバスケ雑誌で、置けなくなった分は床に平積みされていた。
こういうのを見ると、やっぱりバスケが大好きなんだろうなと実感する。
そして勝手に、嬉しく思ってしまうのだ。
優先順位の分かりやすい部屋で、窓から漏れ入る光を頼りにこじんまりとした部屋を見渡していると、ペットボトルを抱えた高尾がドアを開けた。

「いやいや、電気くらい付けようぜ」
「あ、ごめん」
「何か面白いもんでもあった?」
「ううん、何か高尾らしい部屋だなと思って」
「ふーん、どのへんが?」
「ほら、バスケ雑誌で溢れてるところとか」
「高校でもバスケしてるやつの部屋なんて、大抵こんなもんだと思うけど」

高尾は笑ってそう言うけれど、私にしてみれば他に比べる対象がないのだから仕方ない。
バスケ雑誌とは無縁の自分の部屋と比べれば、それは私にとってはどうしても異質に映るのだ。
とりあえず荷物置いて適当に座れば?と、慣れた動作で電気のスイッチを押した高尾は、持っていたペットボトルをテーブルに置いてベッドに座る。
どうやらそこが高尾の定位置らしい。
テレビの置かれている位置とテーブルの高さを考えると、確かにそこに座るのが一番正解のように感じて、私も高尾の隣に腰を下ろした。

「さーて、どうする?ゲームかDVDぐらいしかないんだけど、何か観たいのとかある?」
「あ、見たいものと言えば」
「ん?」
「高尾のアルバムとか見たい」
「は?何でんなもん…」
「自宅訪問の定番かなって」
「見ても面白いもんなんかねぇよ?」
「いいのいいの、私が見たいだけだから」
「分かったよ。でも中学の卒アルで勘弁して」

クローゼットをごそごそと漁って、リクエストしたものが手渡される。
意気揚々とページを捲りながら、時々入る高尾の解説にそれなりに充実した中学時代を過ごしていたことが伺えた。
私の知らない高尾がいる。
得意気に笑って、バスケットボールを片手に映る高尾に視線が止まると「あんま見んなよ」と珍しく照れ臭そうに唇を尖らせていた。

「あんま変わってないね」
「そりゃこの間卒業したばっかですから」
「でもちょっと幼くて可愛いかも」

撫でるように指先でアルバムの高尾をなぞると、突然自分よりも一回りも大きい手がそれを覆う。
驚きに顔を上げれば、「実物のが良い男だろ」といつの間にか後頭部に回されていた手が、私の頭を引き寄せて唇同士が重なった。
キスをするのはもう、初めてじゃない。
けれどまだ慣れないそれに、どのタイミングで酸素を求めればいいのかをいつも迷ってしまうのだ。
触れては吐息が混じる程度に離れ、また触れては離れ、それを繰り返す内にどんどんと深くなる交わりに何もかもを奪われる感覚に陥る。
不足し始める酸素に、ドンドンと煩い心臓の音に、ぼんやりとし始める意識の中で離れて行く高尾の唇が耳元へと近付き、「息、止めんなって」と囁きゆっくりと肩が押された。
ドサリ、とベッドに2人分の重さが軋む。

「あー…もう!これでも今日はどうこうするつもりなかったってのに」
「た、かお?」
「あのさ、お付き合いってのにこれ以上先があんの、知ってる?」

奪われた酸素を取り戻そうと焦る呼吸を繰り返しながら、そう尋ねた高尾にゆっくりと頷いて応える。
私だって、何も知らないわけじゃない。
好きになればなるほど、その手にもっと触れてほしいと思う気持ちは既に知っていた。
高尾が何に踏み出そうとしていて、そして躊躇している理由も知っている。
押し倒された身体のまま私に覆いかぶさる高尾の表情は、さっきまで見ていたアルバムに映っていた人物と本当に同じなのだろうかと思うほどひどく艶っぽくて、懸命に自分と戦っているようだった。
辛そうにも見えるその顔に、手を伸ばす。
熱を帯びる頬に添うように指先を滑らせれば、高尾が頭を垂れた。

「ごめん。呆れられんの覚悟で言うと正直、結構トラウマなんだよ。ずっと流されて付き合ってんのかなって考えてたからさ。そういう考えがまだちょっと残ってるっつーか」
「うん」
「オレがお前にしようとしてることは流されてするもんじゃないし、それこそちゃんと考えて。まぁ、こんな体勢で言うなって話だけど」

今ならまだ間に合うから、と懇願するように頭を下げたまま顔も見せずに掠れる声で言った高尾に、私がどれだけ彼を傷付けていたのかを目の当たりにする。
十分に話し合っても、どんな思いをさせて来たのかをどれだけ聞いても、それは言葉でしか理解できていなかったのだ。
男の子のそういう欲がどれほどのものかは私には分からないけれど、立場上そうすることに何の言い訳もする必要がないと言うのに、それでも私を優先してくれることに涙が溢れそうだった。
こんなにも大切に思ってくれているのに、どうして私に拒む理由があると言うのか。
もう十分すぎるほどに高尾の優しさを受けている私に、これ以上望むものなどないと言うのに。
動かない高尾の顔へ両手を伸ばし、伏せられたままのそれを些か無理矢理にこちらへ向ける。
揺れる瞳にゆっくりと微笑みかければ、泣きそうな表情をした高尾が私の額へ唇を落とした。

「頼むからオレのこと、恐がんないで」
「恐くないよ。恥ずかしいのと、ちょっと不安なのは大目に見てほしいけど」
「うん」

首筋を這う唇が言葉を紡ぐたびに、くすぐったさが身体を走る。
投げ出されたままの髪を気にすることもできずにいると、顔にかかるそれをそっと撫でるように払った高尾が、もう一度念を押すように額と額をくっ付けて真っ直ぐに私を見下ろした。

「どうしても無理なら、ちゃんと言って」
「うん、分かってる」

今まで何の擦れ違いもなかったなら、私は間違いなく「大丈夫だよ」という言葉を選択していたと思う。
けれどそれを言うことは選ばずに、喉の奥で留めた。
ここでそう言えば高尾はきっと、断りきれないのかもしれないとどこかで思ってしまうだろうから。
だったらそんな言葉はいらない。
飲み込んだ言葉をそのまま肺へと送り込み、二酸化炭素と共に吐き出せば男らしく乱雑に自分のシャツを脱ぎ捨てた高尾の整った上体が目の前に迫った。

「高尾」
「うん」
「高尾」
「名前で呼んで」
「かず、なり?」
「うん」
「和成、大好き」

私の服のボタンを外し切り、脱がせようと手をかけていた高尾の手がピタリと止まる。
しばらく動かない高尾に「どうかした?」と尋ねれば、「あー!もう!」と抱きすくめられた。

「え、もしかしてあまりの私の体型の悪さに…」
「ちっげーよ!っつーかこんな時にそんな反則技使うなっての!ただでさえ柄にもなく緊張してんのに、お前オレを殺す気!?」
「えっと…これ、私が謝るところ?」
「…ウソ、めちゃくちゃ嬉しい。でも何か気ぃ抜けたわ」
「そんな投げ遣りな…!」
「マジでオレ余裕ねぇの。情けねぇけどさ、お前が思ってるより相当切羽詰ってっから。でも何かこうやって話してたら、オレらってそうだよなって安心したっつーか」
「うん、良いんじゃないかな。2人のことだし、私たちなりで」
「だな」
「あと私も雰囲気丸つぶし覚悟で言うとね」
「ん?」
「自分の裸見られることより、あんたのその美しい腹筋見てる方が恥ずかしくて死にそうなんだけど」
「ブハっ!何だそれ!」

ほんっと雰囲気も何もねぇ、とケラケラと笑いながらゆっくりと捲り上げられる服にとうとう露わになる私の身体に息を潜めると、「だーから、息止めんなって」と落ちる優しい声に潤む瞳を閉じ、重なる大きな温もりに全てを預けた。
本当は、高尾になら何だって構わない。
生きる上に必要なことでさえ、できなくなることを厭わないほどに私はとっくに溺れているのだ。
高尾の匂いで溢れたこの部屋で、高尾の温もりに抱かれて、鈍い痛みも堪らない羞恥も淡い快楽も何もかも、高尾で全て彩られた今を決してなくしてしまわないようにどうか、私だけが高尾を受け入れられるこの喜びに、幸せと名付けさせてほしい。
そしてどうか、どうしようもなく溢れるこの感情を、愛しいと呼ばせてほしい。
願わくば、注がれるこの熱をひとときも逃さず溶け合えるように。


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