たまたま同じ高校に入って、クラスが同じになって、席が近くて、話してみると気が合って、良い友達をしていた私と高尾の関係が変わったのは、初めて一緒に帰った日に「付き合ってみる?結構上手くいくかもよ」と冗談のように言った高尾に、私が頷いた時からだった。
いわゆる彼氏と彼女と言われる関係になったけれど、だからと言って何かが大きく変わったかと聞かれれば首を傾げてしまう。
確かに高尾の部活終わりを待って一緒に帰ることも増えたし、携帯でのやりとりも増えた。
けれどそれは友達と一緒じゃないの?と言われてしまえば、私は苦笑いでやりすごすしか言い訳を持ってはいなかった。
わざわざ言い訳するのも、可笑しな話だけれど。

「真ちゃんがさ、良く高尾なんぞと交際ができるものだ。尊敬するのだよつってた。ひっでーよな」
「私以上に高尾と一緒にいる緑間に言われてもね」
「だよなぁ」
「そういうところは結構おっちょこちょいなんだ、あの人」
「本人クソ真面目だから余計におっかしーのなんのって」

高尾が右で、私が左で、いつの間にか並んで歩く時の立ち位置は決まっていた。
思えばそれも何となく、お互いに歩きやすい位置がそうだったからという話に過ぎない。
つまり、そういうことなのだ。
お互い一緒にいてそれなりに楽しくて、沈黙も別に苦にならないなら上手くやっていく条件とやらは良い具合に揃っている。
だったら少しばかり関係変えてみても、問題なくやっていける。
私たちはいわゆる背伸びをしてみたいお年頃というやつだ。
つまり、そういうこと。
背伸びをする土台が整っているなら乗っかってみる?という高尾の提案に、私が乗っただけの話で、私たちの間に恋だの好きだのという感情は、むしろこの関係の妨げにしかならないような気がした。
付き合っていると言いながら、可笑しな話だけれど。

「そういや、付き合いだしてからどっか行ったりとかしてねぇよな」
「部活があるんだし仕方ないんじゃない?私らが休みの時こそ、そっちは掻き入れ時でしょ」
「何だそりゃ」
「1日中練習できるしさ」
「まぁそうだけど、あんま優先できてねぇじゃん?お前のこと」
「別にいいよ。高尾の一番が何かは良く分かってるし、それに対して不満もないし。お互いしたいようにするのが、無理なくていいしね」
「ふーん、それがお前の恋愛観ってやつ?」
「そんな大層な話だったっけ?」

笑ってはぐらかすようにそう流せば、「べっつに」と取り立てて興味もなさそうに返事をして、高尾は黙った。
そもそもそれは、私が思う高尾との関係を続けて行く上での価値観なのだ。
恋愛観とは別の、高尾と上手くやっていくには必要不可欠な線引きでもある。
それをバカ正直に答えれば、何かが変わるのだろうか。
けれど、変える必要はどこにもないのだからこれでいいのだと思う。
今のままで十分に上手くやれているし、高尾にしてもこれくらいが丁度良いと思っているのだろう。
高尾にとって何よりも優先すべきはバスケで、部活で、それを邪魔しない距離感を保てる手近な女子が私だっただけのことだろう。
それでもその提案が私に持ちかけられたのなら、十分に高尾の特別な気がしたのだ。
ただの女友達より、信頼されていると思ったのかもしれない。
けれどそんなことを考えるようになってから、私は気付いてしまった。
そもそも、高尾に嫌われたくないと思う理由なんて行き着く先の感情は最初から決まっていたのだ。
私は、高尾が好き。
この関係で一番いらなかったはずのそれを、既に持ってしまっていたのだ。
自分の気持ちなのに、こうなってしまってから気付くなんて可笑しな話だけれど。

「っつーか、オレらそういうとこのすり合わせしないまま付き合っちゃったから、お互いの考え方とか知らねぇままだよな」
「言われてみればそうだね」
「そんで良いのかって聞いたら、お前は別にいいって言うんだろうな。それで上手くやってんだからってさ」
「そう、だけど」
「じゃぁ、オレが上手くいってるとは思ってないつったら、それでもお前は別にいいって言えんの?」

唐突な質問に怯む私を突き刺すような鋭い視線が、じろりと捉えて離さない。
その瞳の色は、一度だけ見たことのある試合中の高尾のそれと似ていた。
誰もいない夜道でピタリと止まる足はあまりにも無意識で、それだけ言い知れない何かを感じたのだ。
はぐらかす隙を与えないほどのプレッシャーに、私が持てる返答を頭に巡らせるけれど、結局この場を上手く乗り切れる術を見つけられないままただじっと黙っていると、盛大に吐き出された溜息と共に高尾が話を続けた。

「少なくともオレは、どーでもいいやつにまめに連絡したり、一緒に帰ったり、ましてや付き合おうなんて言わない。でもお前はどうなんだろうな。ちょっとオレ、自信ないわ」

まるで自嘲するようにそう言った高尾は、さっきまでの強い眼差しが嘘のようにみるみる力を失っていく。
告げられた言葉の意味をようやく理解した頭は、「え、それって、」と呆気に取られたまま唇が動いた。

「高尾、私のこと好きなの?」
「はぁ!?そっから!?」
「だって、すごいあっさり、世間話みたいに付き合おっかって言うから」
「あーオレすっげー傷付いた!何だよそれ、お前のオレに対する印象ってそういうこと軽々しく言っちゃう野郎ってこと?そりゃオレは軽口多いけど、そこは信頼してもらってると思ってた」
「ちゃんと言ってくれなきゃ、そんなの分からないじゃん」
「だから言ったよな?付き合おうって。その後も一緒に帰ろうってオレ散々誘ってるよな?メールも電話もしてるよな?今もどっか行こうつったよな?」
「う、うん」
「ここまで聞いて、思うことねぇの?」
「高尾、私のこと…もしかして相当好き?」
「だからそう言ってんだろ!好きなやつと付き合えたら時間見つけて声聞きたいし会いたいし、まとまった時間があんならどっか一緒に行きたいし、手も繋ぎたいしそれ以上のことだってしてーよ。好きだからそうしたいって思うもんだろ!」

ひどくみっともない言葉のキャッチボールだったにも関わらず、ひどく心が揺さぶられてしまった。
つまるところ私が世界で一番望んでいて、絶対に手に入るはずがないと諦めきっていたもの全てを凝縮されたお得パックを、高尾から届けられたのだ。
始めからあるはずもないと決め付けて、見逃して、やっぱりないのだと落ち込んで、けれど高尾は最初から私たちはそれを共有していたはずだと言う。
何て回り道。
しかも何てみっともない。
それでも、確かに私は受け取ったのだ。
高尾から送られた、ほしかったもの全てが詰まった大切なものを。

「分かったか」
「分かった、ごめん」
「違う」
「え?」
「オレが聞きたいの、そんな言葉じゃない」

珍しく拗ねた態度に、私の全ての言動が高尾にとってどれだけ不服極まりないものだったのかを改めて知る。
それもそうだ。
一生懸命近くに来ようとしてくれていたのに、勝手に引いた安全線を超えられることに私は怯えてばかりいたのだから。
オレが言えることは全部言ったぞ、とばかりに私の言葉を待つ高尾はやっぱりじっと私だけを見ている。
黒い瞳に映る私は、高尾にどう見えているのだろう。
きっとひどく小さくなっているに違いない。
それでも私の答えを待っている高尾に、伝えてくれた言葉以上のものは返せないとしても、私にしか言えない言葉が1つだけあった。
他の誰にも言ってほしくない。
そして高尾は、私がずっと言いそびれていたその言葉を待ってくれているのだから、もう素直になる以外に私ができることは何もないのだ。

「私も、高尾が好きだよ」

高尾がボールを追いかける姿も、チームメイトと走っている姿も、授業中先生に見つからないよう寝ている姿も、緑間をからかって大笑いしている姿も、隣を歩く時いつも歩幅を合わせてくれる姿も、何もかも。
攫われるように連れ去られた右手は、しっかりと高尾の左手に握られている。
再び進められる足はさっきまで向かっていた目的地から見事に方向転換し、いつもは頬通らない道へと踏み入れた。

「た、高尾!?」
「おぅ、繋ぎたいから繋いだ」
「それは百歩譲ったとして!」
「そこは百歩も譲んなよ」
「どこ、行くの」
「んー、とりあえずこっから近いファミレス。まぁどこでもいいんだけど。やっぱ話さないと分かんねぇこと多いって今日のことで学んだし、色々すり合わせしなきゃだろ。鉄は熱い内に叩けって言うし」

ってのはまぁ建前で、と間髪入れずに続けられた言葉に首を傾げると、悪戯少年のようにニッと笑い横顔が振り返る。

「ずっと先延ばしになってた初デート、な」

その横顔があまりにも嬉しそうで、私は堪らなくなる。
恋だの好きだのという感情はいつだって、そこにあった。
多分初めから、ずっとそこにあったのだ。
私の想いは高尾へ、高尾の想いは私へ、漂いながら着地できるその時を待っていた。
幸せなのに恐くて、恐いのに幸せで、恋と言うのは随分と忙しない。
それでも、と握られた手を強く握り返したなら、ようやく私は高尾が待ってくれていたところに辿り着けたような気がした。
とっくに始まっていたはずなのに、今から始まる予感に胸が躍るなんて、今更可笑しな話だけれど。

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