「このクソ寒い中良く走ろうなんて思えるよね」
「動かねーとなまんだよ」
「ふーん、そういうもんなんだ。大変だね、スポーツマン」

ロードワーク中に後ろから呼ばれて振り返れば、クラスメートの女子がビニール袋を片手に手を振っていた。
明けましておめでとー、とご機嫌に投げられた声に「ウスっ」と返事をすれば何がおかしいのか、ケラケラと笑い「先輩への挨拶じゃないんだから」といつの間にか隣りに肩が並んでいた。
結局その調子に飲まれ、途中まで一緒に道を進んで行く中、若干の居たたまれなさを感じるのはふたりきりが気まずいわけでもまだ正月浮かれが残っているからというわけでもない。
こういう時、日向なら悩むことなく簡単に相手を喜ばせることができるのだろうけど。
色々な話題を紡ぐ声を話半分でしか聞けないまま、分かれ道が着々と迫って来ていた。

「まさか影山に会えるなんて思ってなかったなぁ」
「そうか?」
「だって初詣でも見なかったし、みんな影山はレアキャラだって言ってたよ?」
「夜は寝るもんだろ」
「お年寄りか!」

まぁ、あんたらしいけどね。
カサカサと冷たい風に揺れるビニール袋を空々しく鳴らしながら、取り留めのない話を次から次に投げかけ、時々可笑しそうに良く笑う。
この調子なら本人から何かしら言われそうな気がしない、でもない。
適当な相槌と返事を繰り返しながらまだかまだかと待ち続けると、分かれ道が視界の端に映った。

「あ、私そこ右に曲がるから。影山はそのまま真っ直ぐだよね?」
「おー」

じゃぁまた学校でね!
そう言って向けられた背中を何となく眺めながら思い返す。



「日向って今日誕生日なの?おめでとー。あ、うまい棒いる?」
「え、いいのか?」
「だって誕生日だし、特別でしょ。ってかうまい棒ごときで遠慮されると立場ないよね」
「んじゃありがたくもらっとく!」
「どーぞ。ちなみに私1月4日だからよろしくね。冬休み中だからとか言い訳聞かないからね」
「厚かましいっ!?」




確か部活の練習内容に関して日向が唇を尖らせながら文句を並べていた時だ。
誕生日くらい言うこと聞いてくれてもいいだろ!?
そんな随分な言い分を適当にあしらっていると、覗き込んだ顔がサラリと流そうとしていた話題に食い付いた。
たったそれだけの、どこにでも転がっているような些細なことがいまだに頭の片隅に残ったまま、顔を見ただけで思い出してしまった理由は分からない。
日向はもう、こいつに言ったのだろうか?
どんなふうに、何を言えばいいのだろうか?
同じ道のりを歩く中、ずっと考えていた答えはまだ出ない。
けれど何より知っていることを知らない振りをするのは、苦手だ。
考えるより先に身体が動いた。

「オイ!」

空気が冷えているせいだろうか。
思いがけず通った声は、暢気に歩いていた後ろ姿を的確に振り返らせる。
どうしたの、とでも言いたげに首を傾ける様子に、後頭部をガシガシと乱暴に掻きながら視線は何となく斜め上へ。
何か言おう、何を言おう、いや、言うことなんてたった一言なのだけれど。
上手く動かない唇をもごもごと動かし、ああでもないこうでもないと四苦八苦しつつ、ようやく相応しいたった一言が口を突いた。

「その…おめでと」

呟いたその声が届いたのかどうか、それはキョトンと瞬きをしてから苦笑いを浮かべる表情で何となく察しがついた。
新年の挨拶ならもう済んでるよ?と、半分呆れ具合も混ざった口調に「違う」と少しばかり荒々しく否定する。
それでも尚何のことだかさっぱりと言わんばかりの様子に、今度はこちらが呆れて溜息を吐き出した。

「今日、あれだろ、お前の」

そこまで言ってようやく、みるみる育つ瞳が驚きの色を映した。
普通気付くだろ!と気恥ずかしさで怒鳴りたい気分を何とか押し留め、立ち尽くす影が挙動不審な動きを見せる。

「…言ってたっけ、私」
「日向に言ってたろ」
「待って待って!あれ日向の誕生日の時だったよね?」
「おぅ」
「半年も前だよ?」
「だから何だよ」
「覚えてたの?影山が?」
「…まぁ」
「影山だよ?」
「おい、何で2回言った?」
「だってバレー以外のことは死ぬほど無頓着じゃん!」

これは怒鳴ってもいいんじゃないかと思うほど、散々な物言いだけれど全くもってその通りな分微妙に言い返せず。
簡単に広がる沈黙にもう一度、盛大に溜息を吐き出した。

「…知らねーよ、何か覚えてたんだからいいだろ別に」

っつーか普通は喜ぶとかするんじゃねーの?
ブスっと言い放った俺に、トコトコと軽快な足取りで近付く影が重なる。

「ごめん、びっくりしちゃって。ちゃんと嬉しいよ。ありがとう」
「…おぅ」
「影山は?」
「何が?」
「誕生日。いつなの?私もおめでとう言いたいし」
「12月22日」
「…過ぎてるよ」
「過ぎてるな」
「しかもついこの間…」
「そうだな」

あ、ちょっと待って!
ゴソゴソとビニール袋を探り、期間限定と大々的に書かれたパッケージを迷うことなく開けた。
手慣れた様子で中身を二つに分けると、「はい、半分どーぞ」と差し出されたそれを受け取れば、掌から体温が奪われていく。

「クソ寒いって言ってなかったか?」
「おこたアイスは冬の醍醐味です」
「パピコでか」
「手は汚れないしスプーンいらないし、できる子だよパピコは!」
「あぁ、そう」
「ささ、遠慮なくどーぞ召し上がれ」
「こたつねーけど」
「走ってたんだから暑いってことにしといてよ」

そんな無茶苦茶を言いながら結局戻るべき道ではない方へ足を踏み入れ、ふたり並んでパピコに奮闘する。
寒いせいで一向に溶けないそれは、どれだけ吸い込んでも中身は出ては来ない上にどんどん手の温度は奪われるばかりだ。
それでも楽しそうに笑っているなら、と蓋に残る中身をするりと吸い出す。

「影山、やばい、寒い。ジャージ貸して」
「ふざけんな、俺だって寒いんだよ」
「中にTシャツ着てるんだからいいじゃん」
「半袖だっつの。っつーかお前の方がどう見たって厚着だろ」
「筋肉に守られてるあんたには分からないよ…」
「知ってるか?遭難した時は脂肪が多い方が助かるんだとよ」
「バカなくせにこんな時だけまともなこと言うんじゃないよ」
「あぁ!?」
「ま、思いがけず良い誕生日でしたよ」
「…そーかよ」
「だから今年の誕生日は期待していいよ」
「パピコじゃなきゃ文句言わねー」
「可愛くない!」

誕生日なんて特に興味はなくて、取り立てて何かを思うこともなかった。
祝ってほしいだのおめでとうと言われたいだの、ましてや祝いたいだのおめでとうと言いたいだの、欠片も考えたこともない。
なのに呼び止めてまで言ったのは、今日がその日ということを知っていたからだけではなく、『特別』だとこいつが言っていたからだ。
だからおめでとうと言った。
ただそれだけのことで嬉しいと言い、ありがとうと笑った。
ただそれだけのことが、何故かひどく『特別』に感じた。
これが言っていた『特別』なのかどうかは分からないけれど遠回りの帰り道も、掌の冷たさも、一向に食えないパピコも、肌を突く寒さも、少しでも何かが響いてくれればいいと思う。
片田舎、それも地元の道の真ん中で、寒さと冷たさで気付けば寄せ合う身体に布越しの温もりを分け合いながら、ただ寒い寒いと繰り返すだけの今を。

(HAPPY BIRTHDAY りっちゃんに捧ぐ)
大遅刻でごめんなさい!

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