骨に刻み付けるように、深く、深く、遺されたもの。


「何なの、この状況」
「俺がオゴったんだから文句はナシ」

整った顔に苦笑いを浮かべ、ジュースやらジャンクフードやらが乗せられたトレーがテーブルに置かれた。
こともなげに前へ座った男は、「久しぶり」と随分今更なことを言う。

「その久しぶりな相手を都合も聞かないで攫うかね、普通」
「でも暇だったんでショ?」

けろりとそう言い放たれるのは些か癪に障るけれど、図星だと言う事実が喉を詰まらせる。
咄嗟に上手い言い訳もできないまま、結局暇を持て余している寂しい女という前提で話は進み、中学卒業以来噂を耳にするくらいに留まっていたこの男は偶然出くわした先でちょっと付き合ってくれと言った。
どうして私が、と思うより先にあれよあれよと連れ去られ今に至るのだけれど、真意を測りかねる淡々とした態度は少しだけ、懐かしいように思う。

「卒業以来だっけ」
「そうなるね」
「会わないもんだなァ」
「まぁ、そんなもんでしょ」

まるで中身のない会話は、取り立てて関わりが深くないふたりを表しているようで滑稽だ。
一体何を思って私を話し相手に選んだのか、それさえも分からないまま差し出されたハンバーガーを受け取る。
トキワなら数えきれない選択肢があっただろうに、とちらりと見上げた先では何食わぬ顔が早速腹ごなしに精を出していた。

「ひとりで店に入れなかった、なんて言わないよね」
「まさか」

軽やかな笑い声は、通り過ぎるはずだった人を振り返らせる。
トキワにはそんな魅力があった。
見た目に分かりやすい顔の良さ、低すぎず高すぎず柔らかい声色、穏やかさを滲ませた表情は、一目にこの男の格を上げる。
そして同じ枠組みの中に属していると、何事もソツのない要領の良さを見ることになるので、中学時代ですらミーハーなものから本気なものまで女の眼差しを独占していた。
本人がそれを望んでいたかどうかは興味がないので知らないけれど、いわゆるそういう男なのだ。
それは今も健在らしく、決して広くはない店内でトキワへ注がれる注目は異彩を放っていた。
そして当たり前のように前に座っている私は、好奇混じりの晒し者というわけだ。

「冷めないうちに食べなヨ」
「理由も聞いてないのに気が引けるよね」
「疑われてるなァ」
「そりゃそうでしょ。何もないのにオゴってもらえるほどの仲だなんて思ってないよ」

そうは言え、掌の中から徐々に熱が抜けていく様子が勿体ないことに変わりはない。
包まれている紙を捲り、顔を出した中身を一口、口に含む。
怪しんでたんじゃないの?と向けられた素朴な疑問に、「食べ物に罪はない」と言い切れば「そういうとこ変わってないネ」と微笑んだ。

「で?久しぶりに顔を合わせた元クラスメイトを、わざわざオゴってまで連れて来た理由は?」

食べながらでも話せるでしょ、とストローに口を付ける。
吸い上げたそれは、唇にぴりっとした刺激を与えた。
強い炭酸が弾けながら喉を通り過ぎる頃、「進路、もう決まってる?」と意外なところを攻められる。
呆けた表情で顔を上げれば、長い指先がくしゃりと包み紙を握った。

「まぁ、何となくは」
「確か進学校に行ってたよネ。ってことは大学に?」
「一応ね。そういうトキワは?」
「んー…俺は、どうしようかなァ」

はぐらかしているのか、本当に迷っているのか、掴みどころのない声色で呟いたトキワは、大きな黒目を遠くを見るように動かした。
まるで何かを見つけようとするかのように。
トキワが零す言葉も、その仕草の意味も、到底私が理解できるはずもなく、不意に続く沈黙は私のハンバーガーの消費を促す。
最後の一口を頬張り、包み紙を適当に丸めてトレーに転がした。

「でも本当は、もう決めてるんでしょ?」

備え付けのペーパーナフキンで口元を拭い、それも丸めてトレーに転がす。
遠くへ投げられていた瞳を丸めたトキワは、「何でそう思う?」と試すような口ぶりだ。
何てことはない。
女同士の話では良く耳にすることだ。
相談と称し、どう思う?と尋ね、時間を割いて頭を悩まし選び抜いた第三者の意見を参考にする姿勢を見せながら、その実自分の中で答えは既に出ているなんて、その辺りにいくらでも転がっている。
ただ、背中を押してほしいだけなのだ。
自分の考えが間違っていないという、後押しが。
本当に悩んでいるのなら、偶然鉢合わせたただの中学時代のクラスメイトになど、誰が零すものか。
きちんと信頼関係を結べている相手を選ぶのが順当だろう。
トキワが私にその役割を担わせたのは運命的な何かを感じたり、藁にも縋る想いだったからではない。
誰でも務まる役割だから、たまたま都合良くそこにいた私が選ばれたにすぎないのだ。
自分勝手に役目を与え、尚且つ私の時間を奪っておいてハンバーガーのセットでチャラにしようとしているのだから、何とも安く見られたものだとジュースを持ったままの指を一本、トキワに向けた。

「私は、あんたの進路が何でも困らないから」
「それ答えになってないんだけど…」
「好きにしたら良いと思うよってこと。何選んだってさ、結局違う方選んでたらどうなってただろうって考えるのは避けられないじゃん」

ストローからジュースを吸い上げ、喉の奥へと押し流す。

「その時に、やっぱり違う方を選ぶべきだったって思うんならやり直せばいいんだよ」
「簡単に言うなァ」
「実績ならあるでしょ」
「実績?」
「無名校を強豪校にまで叩き上げた。実績としては十分だと思うけど」

滴る水滴が太ももに落ちる。
ぱちん、と肌でそれが弾けると同時に、トキワが驚きの眼差しを注いだ。

「バスケしてるって、知ってたんだ」
「…まぁ」
「でも叩き上げたのは俺じゃないヨ。俺はただ、付いて行ってただけだった」
「キャプテンまでやっといて何言ってんだか」
「そんなことまで知ってたの?」
「知りたくなくても、噂が勝手に舞い込んで来るのっ」

事実、トキワの話は尋ねてもいないのに勝手に耳に入ることが多かった。
どこで会ったとか、試合を観に行ったとか、相変わらず女の子に人気だとか、そんなことは飽き飽きするほど聞いていたし、正直に言えば久しぶりに会った気がしないほど私はこの男の話題に囲まれていた。
だからバスケを続けていたことも、キャプテンになったことも知っている。
そして今、目の前にいるトキワが私の知っているかつてのトキワではないことも。


「キャプテンってなりたいからなれるものじゃないんでしょ?トキワなら任せられるって信頼されたから、あんたに託されたんじゃないの?」


特別なことを言ったつもりはなかった。
少しだけ想像力を働かせれば誰にでも分かる、そんな在り来たりな言葉だったと思う。
けれどトキワが心底嬉しそうに、「参ったなァ」なんて笑うから、ひどく調子が崩されてしまうのだ。

「もし俺が、もうバスケはしないって言ったらどう思う?」
「好きにしたら良いと思うって言ってるじゃん」
「普通はさ、辞めないでーとか何とかそれらしいこと言うところだよネ」
「私だって相手見て話してるよ。お望みなら、上っ面で思ってもないこと言いますけど?」
「今回は遠慮しとくヨ」
「あ、そう。残念」
「ホント、変わってないネ。俺が丸高行くって言った時も、確かそんなこと言ってたっけ」
「そうだった?」
「勿体ないって言わなかったのは、ひとりだけだった」

懐かしそうに瞼を細め、思い出を振り返るトキワはやっぱりどこか嬉しそうに顔を綻ばせる。

「どこ行くかなんてそんなの、本人の自由じゃん」
「いいネ。その建前もへったくれもない感じ」

褒められているのかどうかは分からないけれど、目の前の男は至極満足気にも見えるので、「まぁ、いいか」と私もつられて笑ってしまう。
誰だって、背中を押してほしい時はあるのだ。
たまたま都合良くそこにいた私が選ばれただけだとしても、その顔を見た今なら思う。
数えきれない選択肢の中から選んでくれて良かった、と。

「託されるって重いよネ。しかも責任が付いて来るせいで、全く自由になんてできないし」
「うん」
「いざ託されると、思ってたよりずっと重くて大きかったのに何でかナ…不思議と嫌だとは思わなかった気がするヨ」

窮屈なのにさ、と笑うトキワは知っているだろうか。
誇らしげな表情を浮かべ、希望を彩る瞳を輝かせている自分に。

「トキワ、良い顔するようになったね」

今度は私が、「参ったなぁ」と嘯く番だった。


再び誰かの骨に刻まれ、込められた願いと夢の欠片を託して進む。これで正しいのかと、ただひたすらに迷いながらも。


「初めてトキワをかっこいいって思ったかも」
「俺はそれを喜んで良いの?」
「喜んでよー。いかにもイケメンってのはどうにも受け付けないんだけど、うん。今の顔は良かった」
「褒められてんだか貶されてんだか…じゃぁどんなのがタイプなのさ」
「えーそうだなぁ、しっかりがっちりしてていかにも頼れる男って感じの、いっそクマかゴリラでも構わないくらい」
「(千葉さんだ…)」
「でもなかなかいないんだよねー。丸高って男子校でしょ?それっぽい人とかいないの?」
「いや、まぁ、まさにドンピシャなのはいるけど…」
「ウソ!早く言ってよ!」
「好みのタイプなんて今知ったヨ」
「有難い説法のお礼はその人で手を打とうじゃないの」
「オゴっただろ?」
「じゃぁあれだ、選りすぐりの可愛い子を紹介します」
「間に合ってるので遠慮します」
「本当にそうだから腹立つよね」
「じゃぁ連絡先教えてヨ。それならどう?」
「私の?」
「うん」
「何だ、そんなので良いならお安い御用だよ」

取り出したお互いの携帯に、新しい繋がりを芽吹かせる。

「で、で、で!その人どんな人?良い人?」
「紹介するなんて一言も言ってないけど?」

ケロリとのたまったトキワは、私の非難などこれっぽっちも聞き耳を持たずにゴミの山と化していたトレーを持ち上げ席を立った。
そうして向けられた背中は、今も尚託された想いを受け止め続けているように大きく、広く、逞しく見えた。

「おかげで決心が付いた」
「お、ようやく紹介する気になった?」
「それはないけど」
「ないのかよ」
「俺の進路の話をついでにしないでヨ」
「で、どうするの」
「まぁ、思ったようにやってみるさ」
「良いんじゃない?」

ジュースだけが取り残されたテーブルで、ふたりは再び向き合う。
私たちはいつだって、その時胸を焦がすものを取り零さぬよう懸命に手を伸ばす他に術を持たないのだ。
託すことも、託されることも同じだけの価値があり、そしていつか誰かが夢見たものを掴むためにもがくのだろう。
重くても、窮屈でも、似合わないことを懸命に。

「トキワが意外にケチだったって言いふらしてやろうっと。みんなショック受けるだろうなー」
「ハイハイ、お好きにどうぞ」
「別に紹介するくらいいいじゃん」
「ほら、付き合う相手と理想の相手は別だって良く言うでショ。案外、好みと真逆な方が上手くいったりするんだヨ」
「何それ。経験談?一般論?」
「さぁネ。そうだったら良いなァって話」


そしてその手で叶えたいと願うこともまた、然り。

(title by 誰花)

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