『あ、もしもし二口?実は二口ん家近くのファミレスいるんだけど、ちょっとこっち来てよ。じゃぁ待ってんね』

さも当たり前のようにそう言って、とりあえず嫌味と反論を思いつく限り並べてみたものの、そのどの言葉も全く彼女に響くことなくぷつりと一方的に通話を遮られたのが、つい10分前のことだった。

「あ、やっと来た。遅いよ二口」
「そうだな、遅いよな。なぁ、今何時か言ってみ?」
「え、11時半?」
「そうだな、11時半だよな。ふざけんなよこの野郎。明日も朝練だっつーの」

ここは、俺がこいつに呼び出びだされたとあるファミレスである。

「まぁまぁ、とりあえず座れば?」
「っつーかお前何で入れたの。高校生はお断りされる時間じゃん」
「別に何も言われなかったけど、オトナに見えたんじゃない?」
「何それギャグ?笑うとこ?」
「私にそれ言うなら二口だって同じだから」
「俺はほら、背も高いしオトナに見えんだろ」
「意外に笑えないもんだね」
「…あっそ」
「ところで二口くんよ、もうすぐ終わりを告げる今日が何の日か、君はお分かりか?」
「お前がまたひとつババァに近付いた日?」
「うん、まぁそうなんだけどね、もっと違う言い方あるよね」
「あ、すんませーん。俺もドリンクバーひとつ」
「話聞けよ、二口この野郎」

何やかんやと文句を言いつつ、俺がのこのこ足を運んだとあるファミレスである。

「とにかく私の話を聞こうよ。ね?お願いだから」
「聞いてるからあんな呼び出しにもちゃーんと応えて来てやったんだろ」
「いやそうだけど、さっきからずっと何飲もうかなってドリンクバーばっかり気にしてんのバレバレだからな?知ってるからな?」
「別にドリンクバーで何選ぼうが俺の勝手じゃん」
「勝手だよ!そりゃそうだけど!ちょっとは私の話にも耳を傾けてって言ってるわけで、」
「ちょっとドリンクバー行って来るわ」
「言葉のキャッチボール!?」

バシバシ、と背中を向けた後ろから騒がしい音が響いた。
多分机を叩いている音だ。
漫画やドラマでそんな光景を見かけることがままあるけれど、実際そんなことするやついたのか、と物珍しさにちらりと後ろを覗き見れば、些か居心地が悪そうに頬杖を付いている。
しかも少しばかり照れ臭そうに。
演技めいた行動を振り返ると途端に冷静さに襲われたパターンだろう、間違いなく。
おっもしれー、とひとり笑みを漏らしながら退屈そうに欠伸を惜しげもなく見せびらかす店員の隣りを通り過ぎた。
片田舎の、平日に、しかもこんな夜更けをファミレスで過ごすなんて無謀なことをするやつがそうそういるはずもなく、店内はがらんと閑古鳥が鳴いている。
こんなのでよく潰れないよな、ここも。
そんなどうでもいいことをぼんやり考えながら色とりどり備え付けられたボタンからひとつを選び、グラスに勢いよく注がれたそれを持ち帰れば、「おかえり」と些か低い声が刺々しく俺を迎え入れた。

「で、呼び出したからには何か話があるんじゃないの?」
「その前に二口の私の扱いの悪さについて議論を交わそうか」
「ほい、コーラ」
「だからさ、そういうとこ…え、」
「コーラ。好きだろ?」
「あ、うん。コーラ、うん、ありがとう」
「どーいたしまして」

グラスに並々注がれた、いかにも身体に悪そうな黒いそれを嬉しそうに受け取っては、「よく覚えてたね」なんてよくもまぁそんなことが言えたものだ。
両手の指だけじゃ数え切れないほど一緒にこのファミレスに訪れていて、その度時々は浮気するものの何だかんだと結局コーラを美味しそうに飲む姿さえも両手の指だけじゃ数え切れないほど見せられて、覚えるなと言う方がどうかしている。
コーラの中をふわふわと漂うストローに彼女が口を付ければ、ひとたび黒々しいそれらは何の努力も何の対価も払うことなく彼女の中に入り込み、彼女とひとつになれるのだ。
まったくもってつまらない。
面白くない。
どれだけ親しげに話しても、接しても、俺と彼女の距離は精々このテーブル程度ですら詰めることさえできずにいるのに。

「私さ、今日誕生日なんですよ」
「知ってる」
「色んな人からそこそこ祝ってもらったわけですよ。まぁ二口は食べかけのグミとかふざけたもん渡して来たけどな」
「バッカお前、俺の食べかけなんて泣いて喜ぶやついっぱいいるから」
「なまじ冗談じゃない分腹立つな」
「で、結局何なの」
「私、二口から食べかけのグミとかふざけたものならもらったけど、」
「根に持ってんね、お前」
「おめでとうって言われてないの、何でかなって」

カラン、とグラスの中の氷が弾けた。
どうやら俺は少しばかり目の前の彼女をナメていたらしい。
小さな意地だった。
とても公にはできなくて、こっそり爪を引っ掛ける程度の、そんな些細で単純で呆れるほど子どもじみた俺の意地が、いつも何かが抜けっぱなしの女に易々と見抜かれていたなんて。
言ってなかったっけ?と切り返すには、いささかタイミングを逸脱してしまった。
ここで妙なはぐらかし方をすると、途端に余所余所しく距離を取られるのもそこそこ培ってきた付き合いの中で分かっていることだった。
だからと言ってバカ正直に答えるのも癪に障る。
ほとほと自分の性格の悪さを思い知るけれど、余裕綽々というわけにもいかないのだ。
余裕なんて一度だって持ったことはない。
それでもそれを悟られないよう、態度をそれなりに保つのはそれこそなけなしのプライドなんていう安っぽいもので、綱渡りのような紙一重の関係を続けている。
まるで挑発するように「知りたい?」と彼女が好んで飲むそれと同じものに口を付け、上目がちに視線を送れば何も塗られていないであろう睫毛を伏せて彼女は頷いた。

「知りたいよ。だからわざわざ呼び出したんじゃん」
「ふーん」
「友達は、食べかけのグミ差し出された時の『お前マジで言ってんの?』っていう私の顔がヤバイくらい不細工だったからじゃないかって」
「まぁそれもある」
「あるのかよ。そんでフォローは少しもないのかよ」
「でもそんな顔も可愛かったけど」
「…は?」

面食らう、という表情はまさしくこういうものを挿しているのだろう。
そう感心するほど模範的なそれは、時が止まったかのように口をぽかんと開けたまま静止する様子も構わず、畳み掛けるように言葉を続ければ、色白の肌にみるみる赤が滲み上がった。

「別に言わないつもりはなかったよ。これは本当。そこまで意地が悪いつもりもないし。たださ、お前の周りにいる連中と俺の言う『おめでとう』が一緒にされんのが気に食わなかったっつーか」

一端声を止め、言葉を切り、挙動不審さを晒そうとしている目の前の女の目を反らすことは許さないとばかりに強く、絡みつけるように覗き込み、くりっと丸まった瞳の中に居座る。


「俺らさ、いつまでこんな腹の探り合い続けんの?」


ずっと、ずっとだ。
お互いに何となく、醸し出す空気や雰囲気で友達以上の何かを感じていた。
それでも一歩前へ進まなかったのは、進めなかったのは、多分俺も、こいつも、今のままが丁度良かったからだ。
明らかに近くて、それでも重なることはなくて、それが一番色々と言い訳をするのに便利だったからだ。
でも、そんな心地良さの中にいつまでもいれるはずがない。
だから、ときっちりテーブル分開けられた距離を詰めるように、投げっぱなしで置かれてある手首を握った。

「明日も朝早いっつってんのに何も思ってないやつのこんなグダグダに付き合うほど、俺がお人好しだとか思ってないよな?」
「お、思ってないけど、」
「そうだよ、俺はそんなイイ人じゃねーの。下心もなくてこんなのやってられっかよ」

「なぁ、それでも俺の『おめでとう』がほしい?」

問いかけと共に覗くように投げかけた視線には、幾分怯んだ彼女の揺れる瞳が映り込む。
この質問が一体何を意味しているのか。
それに対するお前の答えが一体何を決定付けるのか。
へらへらと繕うこともできない様子が、俺の真意を理解していることを示していた。

「ほしいよ」

じゃなきゃわざわざ、こんなグダグダに付き合わせたりしない。
確かにはっきりと、そう言い切った彼女のどこにも困惑は残ってはいなくて、指し示された想いがようやく、重なり合う。

「じゃぁとっとと俺を特別にしてよ。お前の誕生日が終わっちゃう前に」

クィと顎で導く先には、合っているのかどうかも怪しい壁時計。
そしてそれはあと数分で明日を迎えることを教えている。
だから、だから早く、と手首を握る手に力を込めて彼女の言葉を待ち続けると、きゅっと固く結ばれていた唇がゆっくりと動き始めた。

「もうとっくに特別だったよ。特別に、決まってる」

じわりと染められる頬に思わず伸びた手で、それを数回撫でる。
くすぐったそうに緊張すら映す表情だけれど、懸命に受け入れようとしてくれるその全てが堪らなく健気に見えて、この可愛い生き物にどうやって悪態を吐いていたのだろうか。
数分前の自分すら、もう分からない。
でも、やっぱり思ってしまうのだ。
ひどく陳腐でありきたいな、それでも俺とお前が出会えた全ての根幹。
生まれて来てくれて本当にありがとう、と。


「誕生日、おめでとう」


呼吸するのと同じくらい傍にいるのが当たり前で、ふらふらしてるお前と口が悪くて面倒な俺と、いつまでもそんなふたりでいられたら。
そんな願いを込めたことを、お前は知らなくていい。
知らなくていいからせめて、その言葉が誰のそれよりも特別な響きでお前の中に根付いてくれればいい。
ここは俺がこいつに呼び出びだされたとあるファミレスで、何やかんやと文句を言いつつ俺がのこのこ足を運んだとあるファミレスで、どこにでもありふれた景色だとしても明日を迎える頃にはきっと、ふたり何かが変わっていることを確信している。

(二好に捧ぐ)

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -