何が原因かは知らない。
原因などあってないようなもので、その辺に転がっているものですらあの2人にかかれば喧嘩と言う名のじゃれ合いの種なのだ。
キャンキャンと吠えたくる公績と甘寧殿の頭に呂蒙殿の拳骨が落ち、陸遜殿が苦笑いを浮かべて呆れている光景は、もう見飽きたと言っても過言ではない。
強制的に終わりを迎えさせられたそれに、不服そうな表情と態度を隠しもしないで不貞腐れる公績が、石段に座り眺めている私のところへ足を運ぶのもまた、日常の一幕だった。

「今日も今日とて仲が良ろしいことで」

釈然としないと言いたげな様子で前を横切り、ドカリと隣りへ腰を下ろす様子を視線だけで追う。
そんなんじゃないっつの、と決まり文句となったそれを聞けば、やはり釈然としていない表情で頬杖をする横顔をちらり見る。
あれのどこをどう見て、仲が良くないと言えるのか。
男同士というのは女の私には分からない世界で成り立っているのだろう。
そこは踏み込めない領域。
だから私は、こうして遠目に眺めているだけ。

「で、頭大丈夫なの?」
「ガンガン響いてるっつの」
「すごい鈍い音だったしね」
「毎度毎度手加減なしでやってくれるよ、ったく」
「毎度毎度大した理由もないのに喧嘩してるからでしょ」
「耳にたこができそうってな」
「私は口が酸っぱくなってるわよ」

憎まれ口の攻防に消化不良の感情が触発されるのか、行き場のない苛立ちを表す手がわなわなと震えている。
いつだってそうだ。
整った顔立ち故か、もともとの性格なのか、いつもどこかで格好を付けて所謂スカした感じというものだろうか。
燻る熱意を出さないように何事にも興味がないと振る舞う姿ばかりが思い出されるのは、それだけ長い間彼を見て、知っているからかもしれない。
けれど最近の彼はと言えば、どうだろう。
軽口を言って流せるはずの言いがかりも、甘寧殿が絡むと面白いほどに崩れて行くのだ。
何かに固執したり執着する様など、彼が嫌う格好の悪い最たるもので、培ってきたものを全て投げ出してまで闘志を剥き出したのは、尊敬していたお父上を手にかけた男が我が物顔で目の前に現れたからだろう。
そういった因縁があるからこそ、甘寧殿とは今のような関係にはなれないと思っていた。
けれど甘寧殿の一挙一動に乗せられ、スカした態度など忘れてしまったかのように子供の如くムキになる様子は些か懐かしさを誘う。
小さい頃はそんな公績を良くからかっていた。
何かと格好を付けている彼の表情や態度を崩すことが、面白いと思う感情なら分かるのだけれど。
どうにも甘寧殿はそこまで頭は回っていない。

「末恐ろしい男ね、甘興覇」
「何の話だよ」
「ちょっと興味あるなぁって話」

悪戯気に口角を上げれば、あからさまに面白くないと唇が尖る。
こんなにも分かり易くなったのは、やはりあの男の存在故だ。
格好付けて隠している部分を見ていたのは私なのにな、なんてあまりにも都合のいい話だということは重々理解している。
長い時間をかけて培ったものを瞬間に掻っ攫われた立場としては、少しばかり悔しいと思うくらいは許してもらってもいいだろう。
それでも、喜びに近い感情が勝っていることもまた確かなことなのだ。
この想いの根幹を為している正体は、もう随分と前から気付いている。
考えを巡らせて黙り込んだ私に、痛いほどの視線が突き刺さす公積へ顔を向ければ、不満を隠すことなく眉間に掘り込んだ溝が深く歪んだ。

「興味あるって、甘寧にかい?」
「公績の無邪気なところ見るのも久しぶりだなって思ったのよ」
「答えになっちゃいないね」
「そう?」
「甘寧なら向こうにいるよ。そんなに興味があるならさっさと行けば?」

私とは逆方向に視線を流し、顎を預ける掌を深くして口元を覆い隠す。
あからさまに気に入らないと伝わる苛立った感情に、相変わらずだと笑えば更に気に入らないとばかりに眉間の皺が深みを増した。
いまだ反らされたままの瞳を気にもせず、ツンと指先で皺を小突けば勢い良く振り向いた顔が驚きを浮かべている。

「不機嫌丸出しね。さっきの話の内容を辿ってみなさいよ」
「その話はもういいっつの」
「気付かない?興味ある根本にあるのが何かってこと」

うんざりだという言い分を無視して真っ直ぐに瞳を覗き込めば、慄くと言っていいほどの動揺が伝わる。
それでも今度は反らされないことをいいことに胸元へと両手を伸ばし、服を鷲掴んで一気に距離を縮めた。

「私の何もかもを勝手に独占してるくせに、今更何を言ってるんだか」

幼い頃のお互いしか知らない失敗も笑顔も、たった今告げた想いも何もかも私を丸ごと受け取る権利はいつだって渡してあったというのに。
随分と長い間宙ぶらりんになってしまっていたそれは、ようやくあるべき所へ辿り着いた気がした。
辿り着いた先で、それが無事に着地できるかは分からない。
けれどどこかで確信めいたものを感じるのもまた、共に過ごした時間が長いからだろうか。
驚きが更に誇張された表情が湧き上がり、何度も繰り返される瞬き。
何度それが繰り返されても、その瞳に映り込むのは私しかいない。
そうしてようやく何かを察したのか諦めたのか、小さく漏らされた溜息が空気の中へ誘われた頃、困惑を映していたはずの彼からそれが見事に消えた。
キリっと整えられた目元と、きつく結ばれた唇が近付く。
その表情は、公積が意を決した時に見せるそれだ。
この時は間違ってもおどけた態度を取っていけないことを、私は知っている。
それもまた、共に過ごした時間故に感覚で理解していることだった。
どちらかが近付けば鼻先が触れてしまいそうなほど近く、触れ合っていないはずの体温を感じるほど近く、確かに存在する彼をこれ以上ないほどに感じながら安堵する心に素直に従った。

「…初耳なんだけど」
「初めて言ったからね」
「言われなきゃ分かんないっつの」

呆れていますとばかりに眉を下げているのに、どこか照れくささを感じる声色にゆっくりと着地する心地が伝わる。
心が身体が、願った先へと辿り着いた。
思っていたよりも何気なく、思っていたよりもずっと満たされる。
手繰り寄せられた体温を心のままに相手へ預けることが、こんなにも気持ちの良いことだと初めて知る。
鼻をくすぐる公積の香りを辿りながら、ゆるりと腰へ回される両腕に何故か無性に泣きたくなった。

「まぁ、はなから誰にも譲る気なんてないってのも、今更なんだけどねぇ」

笑みを含む声に、私もつられて笑ってしまう。

「それは初耳」
「初めて言ったんだよ」
「私は今更言われなくても分かってたけど」
「分かっていたわりには泣きっ面ってね」

戦へ向かう公積は、その後姿しか私は知らない。
いつだって見送る背はどこか孤独だった。
けれどいつしか賑やかに騒ぎながら歩いて行く背中は2つになり、3つになり、4つになり、そして数えきれなくなった。
孤独は消え、代わりに浮かぶ笑顔は私には決して見つけることのできなかったものだ。
それを意にすることなく難なくやりのけたのは他ならぬ甘寧殿だった。
彼だからこそ、乱暴であっても公積の本質を見抜くことができたのだろう。
男同士というのは、やはり女の私には分からない世界で成り立っている。
そしてそこは踏み込めない領域に変わりはない。
少しばかり悔しいけれど、その立ち位置は彼に譲ろう。
だから私は、こうして遠目に眺めていられるのだから。
そしていつもの売り言葉に買い言葉から喧嘩が始まり、呂蒙殿の拳骨が振り下ろされた後に公積が私を見つけ、隣へ腰を下ろしては不服な表情を浮かべることに変わりはないのだ。
その日常に必ず公積と私がいるのなら、その当たり前の日々にこうして何気ない会話と分け合う温もりがあるのなら、それが幸せと呼ばれるものの正体なのだろう。
目尻にじわりと滲むものは、公積の親指が攫って行く。
思わず閉じた瞼に落とされる柔らかな感覚に、彼ほど私を喜ばせる人はいないと思い知る。
涼やかな瞳を愛おしげに細めるその表情も、戸惑いながらも繰り返し涙を掬い取るその指先も私だけが知り、私だけがそうさせる。
こればかりは甘寧殿には譲れない、と笑えば「気持ち悪いこと言うなっつの」と大きな掌が豪快に、それでいて柔らかく頭を撫でた。
そして公積の言動全てが恐ろしいくらいに、私ほど彼を喜ばせられる女はいないと自負させるのだ。

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