久しぶりに帰って来た地元は故郷と呼ぶには些か仰々しく、だからと言って今暮らしている土地ほど身近でもないけれど、足を踏み入れた途端変わらずここで生活を営んでいるような錯覚に陥る。 懐かしさとはまた違う、何とも不思議な心持ちだ。 そうしたノスタルジックな感覚を覚えると、帰って来て良かったと思う反面、胸を締めるものが確かに存在している。 下宿先から大して遠くはないにも関わらず、なかなか帰省する気になれなかったのはそれが理由だろうか。 思い出さずにはいられない、今より幼かったあの頃を目の当たりにしてしまうからだ。 「相変わらず暑いな」 どこかしこから溢れ出る汗を、シャツの肩で拭う。 その仕草は明らかに野球で癖付いたものだ。 無意識に行うそれを繰り返しながら、すっかりと夏めいた景色はゆらゆらと揺れる。 毎年飽きもせず猛暑と言われる季節が、すぐそこに迫っていた。 その片鱗を見せつける暑さもまた、ここに置いてきたはずの想いを沸き立たせるばかりだ。 淡く、拙く、懸命で、手探りな、そんな日々だった。 高校2年の秋頃から、周りが口々に告げることに俺は知らないふりをするしか術を知らず、白々しく「んなことねぇよ」なんて必死に平静を保っていた。 「いや、絶対高瀬に気があるって。いつもお前の見てるじゃん」 「憎いねエース!」 面白半分、興味半分。 そんな友人のからかいに振り回されるのは正直勘弁だと思いつつ、俺自身彼女の言動が気になって仕方なかった。 簡単に声をかけることも、近くに寄ることもできないほどに。 初恋でもなかったのに、何故か心を静かに波立たせるような初々しい想いを抱いていたのはきっと、彼女が同年代の女子と括るには少し違っているように感じていたからだろうか。 底抜けに明るい彼女も、物静かにひとりで本を読んでいる彼女も、同じ女の子だろうかというほどに違った側面を見せる。 それがひどく大人びて見えた。 俺にとって、彼女は宇宙人だった。 「つまんねーこと言ってねぇで、次移動だぞ」 何とかからかいをやり過ごし、教室を縦断するため彼女の隣を通り過ぎる。 密かに息を止めてしまうのは、俺にしか分からないこと。 緊張や、羨望や、言葉にできない想いは気付けば育ち、行く場なくただ大きくなるばかりで。 クラスメイトとしての関わり以上のものなど存在しなくても、まるで宇宙人のように遠い隔たりを感じていても俺は彼女が、どうしようもなく好きだった。 在りし日の想いはまだ、ありありと俺に根付いている。 だからこそ、自分の生まれ育った場所に帰って来た途端に思い出してしまうのだろう。 後悔、自責、悔恨。 高校時代のほのかな恋心として、どこか気恥ずかしいながらも淡い思い出として胸の内に仕舞い込むような、そんな柔らかなものはどこにもなく、後ろ向きな感覚ばかりが掘り起こされるのはいまだ未消化なままの残骸として残っている他ならない。 どうして俺は、あの日彼女と向き合えなかったのだろうか。 向き合おうとしなかったのだろうか。 彼女は俺の目の前にいて、俺は彼女に伝えようとしていたのに。 暑さと思い出の狭間で辿り着いたのは、久しぶりの実家だった。 「ただいまー」 心に刺さる正体は、何年も前から知っている。 |