04 狭いキッチンで繰り広げられる光景は、私にはあまりにも面白すぎる。 あの阿部が、次々と披露する素晴らしい包丁さばきとフライパンテクニックには正直違和感がありすぎる。 「エプロンしないの?そこにかかってるけど」 「…いつもはしてる」 「…いつもはしてるんだ」 「うるせぇ!」 慣れた手つきでどんどんと仕上がっていく料理に、「すごーい」と私が感嘆していると「何年もやってりゃ嫌でもできるようになる」なんて少し照れた横顔を見せた。 その顔は本当に時々しか見せない私が大好きな阿部の表情だった。 手早くささっと用意されたチャーハンは見た目通り絶品で、感動しながらモグモグと口を夢中に動かしていると「一応整理してくぞ」と阿部もドカリと座ってチャーハンを口に運ぶ。 「どうやってこっちに来たかは分からねぇだろうけど、どう言う状況で来たかは分かんだろ」 「状況って?」 「制服着てっし、学校にいる時とか」 「あ…!」 口に入る予定だったスプーンは、カランと音を立てお皿の上に落ちる。 そうだ、色々ありすぎてすっかり失念していた。 阿部の一言で思い出す、正直思い出したくはない少し恐い出来事に冷や汗が背中を伝う。 「雨の日でね」 「おー」 「登校中だったんだけど大通りの横断歩道を渡ってた時に、さ」 「…うん」 「トラックが突っ込んで来てはねられたことまでは、覚えてるんだけど…」 阿部もスプーンをお皿に置くと、「そうか」と静かに言って何かを考え込むような姿勢になった。 雨の降る音だけが静かな室内に響く。 目の前にいる大人になった阿部に気分は正直複雑だ。 同じクラスで日々を過ごしていた頃を思い返せば、阿部と言葉を交わすだけでいちいち跳ねる心臓や、その日1日ご機嫌になってしまうことばかり。 女子と話すことがない少ない阿部が、私にはよく話しかけてくれることがどうしようもなく嬉しくて仕方ないくらいだったのに、今はその阿部と2人きりでチャーハンを食べていても心臓は跳ねないし、ご機嫌なんてことはまるでない。 どこかで別人だと感じてしまってるのだろうか。 少し低くなった声、逞しくなった体つき、その全てが私にとっては突然すぎてまだ気持ちがついていかないのかもしれない。 そんなことをぼんやりと考えていると「オイ」と少し低くなった声で呼ばれ、顔を上げた。 阿部の表情が歪む。 「言いにくいんだけど」 「うん?」 「お前、そのトラックの事故で…死んでんだよ」 「え、」 「運転手のブレーキミス。晴れてたら助かってたかもしんねぇけど。雨降ってたろ、あの日」 再び訪れた沈黙をやぶったのは私の気の抜けた「あー、やっぱりね」という声で、明らかにギョッとする阿部に笑った。 「ねぇ、もしかしたらこれって神様がくれたチャンスなのかな」 「…は?」 「ほら、映画とか本とかでよくあるでしょ?好きな時間、好きな場所で後悔しないように死んだ人が最後に一度だけのチャンスをもらうの」 笑えねぇよ、確かにそう言った阿部の方が悲痛な顔をしているのはおかしな話だ。 けれど色々起こった不思議を考えれば、そのくらいのことが起こったって何もおかしくはない。 もしこれが、神様のくれた最後のチャンスだったとしたら、私はやっぱり阿部に何かを伝えるためにここに来たのだろう。 5年後というオプションは、もしかしたら神様の手違いかもしれないけど。 何とも言えない表情をする阿部とは反対に笑えば、少し冷めはじめたチャーハンをゆっくりと口に運びながら阿部が言った。 「死んだヤツは、腹なんて減らねぇんだよ」 その分かりにくい優しさに、ずっと堪えていた不安がついに溢れ出した。 時をかけた少女 (紫陽花の季節に死んだ人) 「冷めねぇうちに食えよ」 その涙に気付かないふりをする阿部は大人だった。 |