02 そう、私は確かに感じていた。 勢いよく突っ込んで来たトラックに、景色は面白いくらいにゆっくりと私を置いて行く。 その景色の中で耳を劈くほどに叫ばれたのは、私の名前だった。 阿部…? 意識がどこかへ飛んでいく間際に頭に浮かんだのは、私の名前を叫んだ男の子の名前。 死ぬとか死にたくないとか、そんな大それたことだとも理解できずにただ私も叫ぶ。 「阿部…!」 その瞬間、光に飲まれるように強い力で引っ張られた私は。気付けば見知らぬドアの前に座り込んでいた。 周りを見渡してみてもやはり見覚えのない場所で、どうやらマンションらしいそこは、ひどく静かな佇まいだった。 何かが、おかしい。 私はついさっき、トラックにはねられたはずなのにどうして見覚えもない場所にいるのだろうか。 病院の集中治療室だとか、幽体離脱して死体になった自分を見つめている方が、まだ幾分辻褄は合う。 だけど今座り込んでいる場所は全く覚えのない場所で、とりあえず立ち上がってみるものの、これから先どうすればいいのか検討もつかなかった。 携帯!とひらめいたところで、私は身ひとつでこの見知らぬ場所へ来てしまったらしく、持っていたはずのカバンすらも見当たらない。 仕方なしにもう一度周りを見渡し、すぐそこにあるドアに書かれた、走り書きのような表札を見て私は飛び上がった。 『阿部』 置かれている状況も、巻き込まれたはずの事故で自分がどうなったかも分からない今、唯一見覚えのあるその名前に私は無意識に縋り付く。 「阿部…!阿部隆也くんのお宅ですか!」 ドンドンドン、と必死にそのドアを叩けばガチャリと静かにそれは開く。 何の根拠もない。 だけど『阿部』がいる気がした。 必死に叩いたドアから訝しげな表情で出迎えたのは阿部によく似た男の人で、「…阿部隆也くんの、お兄さんですか?」と恐る恐る問いかければ、心底驚いた表情が目の前に広がる。 それもそのはずだ。 知りもしない誰かがもの勢い任せにドアを叩いていること事態、奇妙な話なのだ。 何とも言えない表情のまま、阿部が大人になったような姿の彼は額に掌をつけて眉間にシワを寄せる。 「何で、お前が…?」 明らかに困惑している顔色を示すその男の人は、どうやら私を知っているらしい。 ここはどこですか?阿部の家ですか?阿部と、隆也くんと連絡ってとれますか? どうしてあなたが私のことを知っているのか、ここは阿部の家なのか、事故に巻き込まれたことは頭になかった。 とにかく今はどうだって構わないとばかりに色々な質問を一気に投げかける私に、彼はようやく口を開き、信じられない言葉を口にした。 「ここは東京で1人暮らししてる俺の家で、俺は…」 時をかけた少女 (目覚めて遠い雨の中) 「阿部、隆也だけど・・・」 目の前にいる男の人は、どう見たって『大人』なのに。 |