(おまけ) 「もうここに来るのも何度目だっけ?」 「忘れた」 「隆也が遠出しようなんて、珍しいよね」 「そうでもないって」 「そうでもあるよ」 あれから何年も経った。 2人共無事に大学を卒業して、それぞれ企業に就職して、やっと落ち着いてきたところだ。 と言うのも、ようやく2人で暮らすこともお互いの両親に了解を得て気持ちがほっとしたのだろう。 いつも娘をありがとう、とお母さんが隆也に言った時は、こらえていた全てのものが溢れてしまってしゃくり上げるように泣いてしまった。 もちろん隆也のお母さんからも「無愛想な息子だけどいいの?」なんて冗談を交えながら、「よろしくね」と笑いかけてもらえてからの記憶はほとんどないほどに嬉しかったのを覚えている。 まるでお嫁にでも行くような、そんなやりとりに隆也は照れながらも私の手を握って力強く頷いてくれたことも、今では素敵な思い出だ。 そんな生活にも慣れるまではやっぱり大変で、仕事のこともあり忙しくて遠出なんてずっとできていなかっただけに、今日ここに来れたことは素直に嬉しい。 キラキラと輝く水面と揺れる波はずっと変わらずにここにあったのだと思うと、懐かしいような恋しいような不思議な気分になった。 私はいつだって、この海で隆也に手を差し伸べてもらっていた。 「何かあったの?」 「そういうんでもねぇけど」 「随分煮え切らない態度だね」 何か言いたげにずっと私の後ろを歩く隆也。 こういう時は何かあるんだけど、と思いながらも話を促さないのは長年培った感覚だろう。 言いたくなった時にでなければ、隆也は絶対に言わない。 だからあえて何を言うでもなく、いつかのようにゆっくりと白い砂浜を歩いた。 もちろん裸足で。 「久しぶりだから、ちょっと懐かしいね」 そう言って振り返れば、すぐそこにある隆也の胸の中に私はすっぽりと納まる。 この温もりに支えられて生きてきたことを、今更ながらに実感した。 「やっぱり何かあった?」 「そうじゃない」 「じゃぁどうしたの」 「…お前さ」 「うん?」 一呼吸置いて潮風が私たちの背中を押した。 「阿部に、なってくれないか?」 体から直接響くその言葉が、次第に熱を持ちだす。 目を見開いたまま静かに顔を上げれば、眩しい笑顔が降り注いだ。 「するぞ、結婚」 しばらくの沈黙の後、何度も頷く私の左薬指に落された輝きに私はやっぱり泣いてしまうのだ。 時をかけた少女 (幸福を伝える人) 今日もまた、この場所で幸せの意味を知る。 「離さないでね」 「予定にねぇよ」 その隣にはいつも、隆也がいた。 |