29 気を利かせてくれたのか、それともただ居心地が悪かったのか、お母さんは私の荷物だけを持って「先に帰ってるわね」と笑って去って行った。 もちろん、私も少し居心地が悪い。 あんな突拍子もない出来事から戻ってきたばかりの自分でさえ、あれは夢だったんじゃないかと疑いたくなるほど、やはり突拍子もない話だ。 当事者であり、今はもう何も知らない15歳の阿部が目の前にいることはひどく複雑だった。 「怪我は?」 「擦り傷だけ。この通り元気だよ」 「そっか、よかった…」 「それより学校は?」 「あー…うん、まぁ、」 困ったように視線をそらして頭をかいた後「心配だったから」と言った。 何だろう、このくすぐったい気持ちは。 懐かしささえ感じる少し幼い阿部に、私は笑って見せる。 「ありがとう」 何度言ったか分からない言葉を添えてそう言えば、安堵した表情を浮かべる阿部に「ちょっと付き合ってよ」と提案する。 近くにある公園で、子供たちが無邪気に遊ぶ姿を見ながら話す色々なこと。 そう言えば、5年後に飛ばされるまでは阿部と話せるだけで舞い上がっていたっけ。 人の慣れというのは恐ろしい。 今ではもうしっかりと目を合わせ、むしろ阿部の方が時々照れくさそうに視線をそらすほど私にとっては阿部と目を合わせて話すことが自然だった。 だけど戸惑ってるのは私も同じだ。 漏らした苦笑に、阿部が不思議そうな顔をしていた。 「今日のことで嫌でも思い知らされたよ」 「は?何を?」 「言いたいこと、伝えたいことは、後回しにしちゃいけないってこと」 ねぇ、20歳の阿部。 あなたを思い出してあなたを恋しく想うのは、しばらくやめようと思います。 ずっとずっと待たせてごめんなさい。 これから5年という歳月をかけて、一生懸命走ってゆきます。 15歳のあなたと、一緒に生きてゆきます。 ただ1つ願うのは、今あなたの隣には超綺麗でグラマラスな私がいますように。 走って走って、追いついた私が笑ってあなたの傍にいられますように。 そして次にあなたを思い出す時は、懐かしく恋しく想う時は、あの海を2人で訪ねた時だと決めました。 「だからもう言っちゃおうと思います」 視線を合わそうと見上げる位置が慣れたところへ反れてしまうのは、この際許してほしい。 「阿部、大好きだよ!」 どんどんと見開かれていく阿部の目が、これでもかというくらいに大きくなった後「…はぁ!?」と過去最大級のそれが言い放たれた。 「だーかーらー」 「いや、いい、言うな聞こえてた…あとは俺が理解できるかどうかだけだから…ってか、え?何だそれ…え?」 ひどく混乱して拳をおでこに引っ付けながら難しい顔をする阿部に、少しだけ背伸びをしてブツブツと唸る唇に蓋をしてやった。 時をかけた少女 (囁きを生むつま先) 「分かった?」 「…はい」 ようやく、叶ったね。 |