ぼんやりとする意識の中、誰かに手を握られる感覚が私の頭をどんどんと覚醒させた。 「あべ…?」 薄っすら目を開ければ、そこには綺麗な女の人が心配そうに私を見下ろしていた。 とても不思議に感じるのは、熱のせいだろうか。 「阿部じゃないの。ごめんね」 「阿部は…?」 「薬買いに行ってるよ」 「どうして、マネジさんが」 「よっぽど心配だったみたいでね、あたしの方が授業早く終わったから様子見に行ってくれって頼まれたんだ」 マネジさんがギュっと握りめている手に、更に力が込められる。 どうしてそんなに辛そうな顔をされるのかが分からなくて、「どうしたんですか?」と聞けば「すごくしんどそうだから」と苦笑を零しながら答えた。 この間の元気なイメージはなく、ただの手を握り頭を撫でてくれる優しいお姉さんがそこにいた。 「最近はどう?困ったことない?」 「はい、大丈夫です」 「また新しい服持って来るね。って言っても私のお古だけど」 「ありがとうございます」 「水、飲む?」 「いえ、今は」 額に貼られた冷えピタが気持ち良い。 握り締められている手を私も音がしそうなほど、ギュっと握り返した。 人の温もりはどんな薬よりもこういう時には効くんだな、なんて思いながらその手に縋り付くように体を丸める。 「お姉さんができたみたいです」 「まー嬉しいこと言ってくれちゃって」 「ホント、ですよ?」 「分かってるよ」 クスクスと上から笑い声が落ちてきて私も思わず笑ってしまう。 今度は額に落とされる手が、ひんやりと優しさくを伝える。 あぁ、ダメだ。 この優しさに甘えてしまいそう。 1人ではもう抱えきれないこの想いを、気持ちを、今なら風邪のせいにして許されるだろうか。 「マネジさん」 「うん?」 「あのね」 「うん」 「あの…」 「いいよ、ゆっくりで」 あんなに声になりたいと叫んでいた言葉なのに、いざ声にしようとすると戸惑いができる。 喉につかえている言葉を、深呼吸を1つしてから言った。 「私、阿部が、好きなんです」 それは何よりも決して言葉にしてはならなかった言葉。 それでも歪む視界の中で綺麗に笑った顔が見え、安心する。 この気持ちを認めてくれる人がいる。 それだけで十分だった。 気だるい体が求める睡眠を得るために、もう一度静かに瞼を閉じた時にひどくこもったような声が耳を刺す。 確かに目の前で聞こえるはずの声が、フィルター越しのような妙な音として聞こえる。 熱のせいだろうか、そう思って再び開けた瞳に写った景色は、まるであの時のような、スローモーションで私をゆっくりと置いていくようなそんな感覚。 あのトラックにはねられた時のようなその感覚に飲まれそうになったその時、耳元で叫ばれる私の名前で引き戻された。 「大丈夫!?どこも苦しくない!?平気?」 「私、どう、なってました?」 「…体が、透けてた」 やっぱり、と意外にも冷静に思った。 これが私に与えられた最後のチャンスだというのなら、その言葉を伝えるために私はここに来た。 だからその言葉を言ってしまうということ、それを意味することは阿部と生きるこの時間の終わりだった。 時をかけた少女 (どんなふうに笑えば届くのでしょうか) 言葉にすることが許されない、この想いを。 |