17 高校でも野球部のマネージャーをしていたこともあり、特に迷うことなくこの野球サークルに入ることを決めていた。 そこにいたのが阿部で、初対面の感想は『カッコいいのに無愛想な男』という正直あまりよろしくない印象。 だけどそんな男がちらほら見せ出す些細な優しさや笑顔のギャップに。年頃の女の子がくらりとしてしまうのはあたしだって例に漏れないわけで、大学生活が始まって2ヶ月で阿部に恋をした。 『カッコいい阿部くん』と早々に噂になる阿部とお近付きになりたい女の子はきっといっぱいいただろうし、今でも密かに人気があると言う。 そんな中で全く女の子と接点を持とうとしない阿部が唯一、自分から話しかける女の子というポジションにわたしが立っていたこともあって、正直少し期待はしていた。 そして周りも他の子よりも随分と特別な位置にいるあたしと阿部を噂するようにもなっていたこともあって、今考えると果てしなく恥ずかしいし消してしまいたい過去だけど、自惚れてさえいたと思う。 でもそれは、阿部の家で宅飲みをしようと先輩を含んだ同期全員で押しかけたあの日、それが自分の思い込みだったことに気付かされる。 軽い気持ちで隠れ見た卒業アルバムの最後にある真っ白なページに貼られた、少し幼い阿部と見知らぬ女の子が笑っている写真。 初めて見る阿部のその表情に、あたしはすぐに察した。 この子は阿部にとって特別な女の子だ。 確かにそこにあるのは過去なのに、過去だとは全く思えなかった。 他のページはほとんど真新しい状態にも関わらず、そのページだけ何度もめくられていた後がありありと残っていたのだ。 それは明らかに今でもそこに気持ちがある何よりの証拠。 素直に、勝てないと思った。 こんな過去の写真の女の子より目の前にいるあたしの方が阿部の近くにいるのに、阿部は遠くて、阿部のことが誰よりも好きな自信だってあったのに阿部のこの子に対する気持ちを目の当たりにして、自分の気持ちがちっぽけに感じた。 その写真がいつ撮られたものかは分からないけれど、阿部の華奢な体つきを見れば最近のものではないものだとすぐに分かる。 だとすると4年、5年、もしかしたらそれ以上前からずっと阿部はこの女の子のことを想い続けて来たのだ。 割り込めるわけがない。 この女の子をずっと大切に想い続けているであろう阿部の気持ちの大きさにも、阿部にここまで想われるこの子にも、何もかもが適わない。 どんなに阿部と親しくなっても、それは阿部の中で野球を共有する仲間の1人としてのポジションで、女の子としての特別な場所ではなかったのだ。 そしてあたしはこの気持ちを伝えることなく、胸の中に押し込めて知らないフリを決め込むことを選ぶ。 あれから3年が経ち、今ではあたしにも新しく大切な人ができた。 その人とは付き合って2年になる。 肝心の阿部に対する気持ちは、空白の1年間の間で静かに変化して行き、大切な仲間のような友達のような言葉で表すには少し難しいそんな気持ち。 あんなに好きだと思っていても、たった1年であたしの気持ちは1日1日静かに変わっていった。 それなのに阿部は何年間も、この子だけを想い続けているだなんて本当に一途な男だ。 気持ちが変わることなくあり続けるなんてそんな御伽噺を信じる年でもなくなったけれど、阿部のその気持ちだけは信じていたいと今は思える。 阿部と一緒に笑っていた女の子が『今』どうしてるのかは知らなかったけれど、本音を零した後に誰にも聞こえないような小声で、「もう会えないけど」と呟いた阿部の悲痛な表情からは、決して綺麗な思い出ばかりの恋じゃないことは窺えた。 どういう経緯で写真のままの女の子が今、目の前に存在しているのかは分からないし、深く知ろうとは思わないけれど、だけど願わずにはいられない。 どうか悲しいだけ恋にならないで、と。 例えどんな形であっても、再び出会えた2人にあの写真のような笑顔が用意されていますように、なんて柄にもなく願った。 時をかけた少女 (希う) 「あの、お願いしたいことがあるんです」 「ん?なになに?」 「私の知らない阿部のこと、いっぱい教えてください」 「お安い御用だよ。そうだねぇ…それじゃ、あんまりよろしくなかった第一印象から話そうか」 希望に満ち溢れた道を、並んで歩んでほしいから。 |