時をかけた少女 | ナノ



16

過去にあたしが着ていたワンピースを可愛らしく着こなしている女の子を見つけるのに、時間はかからなかった。
緊張を隠せない顔つきでいるその子に声をかければ、不安げな表情が和らぐ。
立ち話もなんだからと移動したファミレスで、とりあえずドリンクバーを頼めばどちらからというわけでもなく話し出した。

「あの、この服本当にありがとうございます」
「ううん、むしろお古で申し訳ないっていうか」
「いえ、本当に助かりました」
「あたしが着るより似合う子に着てもらった方が、服だって本望だよ」

控えめに笑うその仕草が可愛らしい。
阿部から聞いた話だと高1だという彼女は、思っていた以上にしっかりしていて正直驚いた。
あたしが高1の時なんて思い出したくないほど色々と大変だった気がする。
そんな想いと同時に浮かぶ疑問は、こんな落ち着いた子が家出なんてするのだろうか?ということ。
別に阿部を疑ってるわけでもこの子の事情に踏み込むつもりはないけど、阿部からこの子の話しを聞けば聞くほど大きくなる仮定、そして目の前にしてそれが確信に変わっていく推測。
いくら親しい人間の頼みと言っても普段のあたしなら、こんな面倒を引き受けるわけがなかった。
OKを出した時に阿部が驚き何度も確認してきたのがいい証拠だろう。
じゃぁどうして引き受けたかというと答えは簡単、はっきりさせたいことがあったからだ。
もしかしたら、勘違いかもしれない。
だけどどうしても、勘違いだとは思えないことが多すぎる。
阿部の隣を歩く彼女を一瞬見た時は確証なんてなかったけど、こうして対面してやはり確信した。
間違いない。

この子は、阿部が大事に持っている写真に写っている女の子だ。

尻尾を出すか、と悪巧みをして仕掛けるあれやこれやを笑顔でスルーをされては最後には「隆也くんとは仲のいい親戚同士ですから」の一点張りの彼女は、なかなかの曲者だと思う。
それがもう無茶苦茶な言い分だとしても意地を張って突き詰めれば本当になるのが言葉の不思議なところだけど、アタシだって負けてられない。
これは阿部よりもやり手だなと思いながら、切り札を出す決心をした。

「あのさ、ものすごくつまんない話、聞いてくれる?」
「つまらないんですか?」
「そう、つまらない上にものすごい突拍子もない話なんだけど」
「面白そうですね」

聞きたいです、と笑う彼女にあたしも笑う。
ものすごくつまらない話だ。
御伽噺のような話。

「大学1年の時に阿部が1人暮らししてるからってみんなで押しかけてね、阿部が文句言うのに気を取られてる隙にこっそり卒業アルバム見たんだ。からかうネタでもって軽い気持ちで見たんだけど、見ちゃいけないものを見つけちゃったんだ」
「そうなんですか」
「何か、気になる?」
「そりゃまぁ」
「何てことない1枚の写真だった」
「写真?」
「うん。でも阿部にとってはこれ以上ないくらい大切な写真なんだと思う」

一度だけ、阿部がサークルの飲み会で泥酔した時に言ったことがあった。
お前モテんのに何で彼女つくんねーんだよ俺らへの当て付けか!?と笑いながら責める先輩たちに「忘れられないやつがいるんスよ」と切ない瞳で、だけどとても愛しそうに答えた阿部の顔を今でも忘れられない。
あんな阿部の顔は、後にも先にも見たことがなかったからだ。
それはあの日、阿部が女の子と歩いている時にしていた表情を見た時までの話だけれど。

「あの仏頂面が照れくさそうに笑って、可愛い女の子と映った写真。覚えがあるんじゃない?」
「言ってる意味が分からないんですけど…」
「遠足か何かの時みたいだったよ」
「…え?」

もしかして、とつい口を滑らせた彼女が慌てる。
まだ曖昧だった仮定は確信へと変わり、あたしは不思議とそれを喜ばしく思えた。

「たった1つの想いを貫く難しさの中で阿部は、何年もずっとずっと、その子を好きでいたんだよ」


時をかけた少女
(穢れなき葛藤に終止符を)


「写真で笑っていたのは、今目の前にいる女の子だった」

5年前の姿のままあたしの前に座る彼女が、静かに瞳を揺らした。
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