15 寝てしまえば、明日なんてすぐに訪れる。 目が覚めて早々憂鬱になったのは、受験の日以来だった。 あんな阿部を見てしまってからはどうにも文句さえ言えなくなって、結局私も「私は女優・・・私は女優・・・」と唱えて念じ込み、神様に祈るしか最善の方法は見当たらなかった。 朝は黙々とご飯を食べてお互いの決戦に備える。 そうだ、何も丸腰で戦うのは私だけじゃない。 押入れの段ボールの中に隠した私の数少ない荷物が見つからないように、阿部も戦うのだ。 交わす言葉はいつもより少ない中、意思疎通は完璧だったと思う。 「お前は誰だ?」 「阿部の家出した困った親戚」 「俺のことは何て呼んでる?」 「隆也くん」 「よし、完璧だな」 「私は女優だから」 そしてお互いの精神状態は既に限界だった。 だけど時間は着々と進み、ついに私が家を後にしなければならない時間になる。 深呼吸をして阿部から手渡されたマネジさんとの待ち合わせ場所が記されたメモを見て、もう一度深呼吸する。 大丈夫、大丈夫、ほんの数時間だ。 「頑張れよ」 「そっちもね」 「まぁ、いいヤツだからあんま気張る必要もねぇよ」 「うん」 私の肩に手を置いて、「行って来い」と静かに言われ私もこくりと頷いた。 それが私たち戦いのゴングが鳴り響いた合図。 玄関を出てメモを頼りにいざ決戦の地へ私は向かう。 思いの外分かりやすかったその場所に、私は待ち合わせの10分前に着いてしまい逆に緊張が登ってくる。 突然遭遇した方が、また何とかなったかもしれない。 こんなふうに色々なこと考えてしまう時間があるのは危険だ。 考えないように考えないようにすればするほど考えてしまい、気をそらすために前にいるカップルのじゃれ合いっぷりを見つめていると透き通るような高い声が、私の名前を呼ぶ。 「ごめんね、遅くなっちゃって」 「いえ、あの…マネジさん、ですよね?」 「そうでーす、阿部と一緒の野球サークルに所属してます」 気構えていた分拍子抜けするほど明るい綺麗な女の人は、右手を差し出しながら自分の名前を言って軽く自己紹介をしてくれた。 綺麗な風貌や声にピッタリな名前だと思う。 何て呼べばいいのだろう、と思っていたのを察してくれたのか「名前よりマネジって言われる方が多いから、そう呼んでくれていいよ」と優しく笑った。 「どっかお店に入ってよっか」 「あ、でも、私お金がなくて」 「いいよ、そんくらい私が出すよ」 「いえ、それは流石に悪いというか…」 「いいのいいの!これから1週間阿部が学食奢ってくれるからそんくらいはさせてよ、ね?」 「…じゃぁ、お言葉に甘えて」 底抜けに明るいマネジさん。 これなら何とかなりそうだと思う反面、知りたくない自分と遭遇した。 時をかけた少女 (音を食む星) 私といる時以外の阿部がいることに今、気付いた。 |