12 「ねぇ、今日の9時からはテレビの権利譲ってもらえない?」 お互いに全く好きな番組の好みが違う俺たちが決めた協定で、月水金は俺がテレビを独占し火木土はこいつが独占するという約束だ。 もともと見たい番組の好みは違ってもその曜日は幸いにもバラバラだったこともあって、それはすんなり決まった約束事だったがその協定が今日初めて破られるらしい。 お願い!と目の前で手を合わせて必死に俺に頼み込む姿を見て、自分から我儘を言い出すのは珍しいなと思った。 「何で?」 「大好きな映画があるんだ。お昼にテレビつけてたらたまたまCMが流れたから、どうしても観たくて」 もう一度「お願い!」と手をパンと音を立てて合わせる。 まぁ別に今日はどうしても観たいものがあるわけでもないし、別に構わない。 分かったよ、と言うと嬉しそうに顔を上げて笑う顔は、正直反則だと思った。 「ありがと!」 「そん代わり明日の9時からはお前が譲れよ?」 「もちろん!」 ウキウキしているのが目に見える背中を向けて、風呂の道具一式を持って部屋を出て行く姿を見送る。 どうやらさっさと風呂を済ます魂胆らしい。 そんなに観たいと言い張る映画となれば俺も少しは楽しみだ、なんて思いながら晩飯の準備に取り掛かった。 「で、お前があんなに駄々こねて見たかったのってこれ?」 「うん、そうだよ?」 「アニメじゃん。ガキかお前」 「だって私、16歳ですから」 お互いに風呂も飯も終わって一段落がついた頃丁度始まったそれは、俺の期待を見事に一蹴した。 俺はアニメは全く興味ねぇんだよ。 明らかに興味のない顔をして麦茶を一気飲みする。 「まぁまぁ、すごくいい作品なんだって。観てみてよ」 言われるまま仕方なしにテレビに映される映像に目をやると、次々と展開していく話に見事に引き込まれる。 言葉をなくすほど見入ってしまった理由はきっと、重なってしまったからだ。 隣で静かに佇む、この女に。 時をかけて、大切なことに気付いた主人公が最後に空を見上げているシーンで俺は目を反らした。 まるで俺たちのその先を言われているような気がして、いつか必ず来るそれを指摘されているようで、ずっと目を反らし続けていたことを突かれて見ていられなかった。 「阿部は真琴と千昭、どうなったと思う?」 「どうって」 「また、会えると思う?」 ベッドにもたれ視線はテレビに向けられたまま、部屋に響くのはこの映画の主題歌だろうか。 さっきまで観ていた話から、耳に入ってくる歌詞から、俺なりの答えを弾き出す。 「いや、本人同士が会うことはないと思う」 「どうして?」 「多分『未来で待ってる』つったのは、主人公が絵を残してあの男が帰った未来でそれを見るっていう間接的な再会なんじゃねぇの」 「うん」 「お前はどう思う?」 「私もね、阿部と同じ答えだったんだ」 少し前までは、と付け加えニッコリと音がしそうなほどの笑顔を向けてしばらくの沈黙の後、まるであの主人公が最後に青空を見上げた時に見せた表情のように穏やかで希望に満ちた顔をして言った。 「だって私は、阿部に会いに来たんだよ」 多くを語らなくても、それだけで十分だった。 時をかけた少女 (あなたに逢いに来ました) 触れたい。 だけど触れられない。 抱き締めたい。 だけど抱き締められない。 そんな俺のジレンマなんて、お前は知る由もないけど。 |