今週号はまさしく『あひるの空』って感じの内容で、ああいう日向節を読むたびに思います。
あのアフロめ、よくも「あひるでは試合の勝ち負けは重要じゃない」なんて言えたものだなと(※褒めています)。
主人公サイドだろうと対戦校サイドだろうと必ずキャラクターを掘り下げ、抱えていたり背負っている″勝利″に対する想いと渇望を描いていながら、容赦なく彼らを敗者にするのだから恐れ入りますよね。
そりゃ、まぁ、スポーツ漫画ではありますからそれがなければ物語は進みませんし、そこに何を思ったって仕方のないことですが。
とにかく徹底的に背景を描く姿勢は、もう10000000000回くらい言ってると思いますが日向先生のこだわりであり、『勝敗は重要じゃない』という言葉に潜む想いそのものなのだと思います。
勝利を目指して大会に挑むわけですから、必ずそこには理由がある。
それは他人から見ればひどく陳腐だったり、涙を誘うものだったり、千差万別でしょう。
勝利・敗北、のふたつしか用意されていない結果であっても、そこに至るにはそれぞれの負けられない理由があるということを切々と訴えかけているようにも感じます。
そのおかげというべきか、せいと言うべきか。
主人公サイドの勝利で一度だってスカっとした気持ちの良い勝利があっただろうかと思い返してみても、これがないんですよねぇ。
いや、主人公サイドの勝利自体がかなり貴重という稀有な作品ですし、もともとの勝ちの数が少ない時点でアレなんですけど。
公式試合では上記のとおり、対戦校サイドに嫌でも思い入れを持たされてスカッとした気分で勝利の余韻を味わえず。
モンスターバッシュの際も、初戦で年配チームと当たり「戦争よくない…」と呟いたとおりギャグテイストながらスカッとした気分で勝利の余韻を味わえず。
唯一丸高との試合で得た勝利は確かに他の対戦校以上に感慨深いものがあり、勝ったぞ!と達成感のようなものがありましたが、きちんと結果が示されるまでに数話を要し回りくどい形でおあずけを食らわされ…とまぁ、死力を尽くして全員でもぎ取った勝利だぜ!なはずなのに読み手としても「いよっしゃあああ!勝ったああああ!」と清々しくガッツポーズができないのです(※丸高戦に関しては私が完全に丸高サイドに肩入れしていたという贔屓目もあるとは思いますが)。
不思議なくらい、何かが残る。
言葉にすることが野暮になるような、そういう感覚です。
これが日向先生の言う、「読者を傷付けたいという想いで描いている」と言っていた正体そのものなのだろうなと思います。

これももう500000000回くらい言っていますが、主人公サイドを徹底的に負かし続けたことでしか説得力を持たせられないメッセージがふんだんに込められた作品です。
だからと言って日向先生は、一度も『負けの美学』なんていう洒落っ気は描いていません。
負けは負け、次を絶たれた敗北です。
結果として負けたからこそ得られたものがある、という描き方はしていても、負けなかったらこれは得られなかった、という描き方もしません。
どこまでも泥臭く、どこまでも徹底的。
描写こそ柔らかいタッチですが、そこには夢も希望もございませんレベルに冷たい現実が横たわっています。
そこが、この漫画を″面白い″と言い切れない理由で、手放しにオススメできる作品だとも思えない原因です。
「面白いの?」と聞かれるといつも困ってしまいます。
多分、面白くはないからです。
小気味よさも気持ち良さもありません。
考えさせられるというポジションの漫画でもないのに、一冊読み終わるごとに何とも言えない感情に苛まれます。
でも、読んでほしいと思う。
そんなグレーゾンの中にも確かにある心地良さや共感を、感じてほしいと思う。
本当に不思議な漫画だなぁと、10年経った今でも同じところをグルグル徘徊しています。

色々言いたいことがとっ散らかってしまいましたが、日向先生の言う『試合の勝ち負けは重要じゃない』がずっとうまく飲み込めていなくて小骨が喉に閊えてる感じでした。
勝ち負けが重要じゃないなら、試合中にわざわざモノローグや思い出を差し込み展開のリズムを損なわせてまで敗者にスポットライトを当てる意味って何なの?と。
負けを美学にするつもりがないのに、そうする意味は何?と。
ここに来て何となく納得できるものが見えた気がします。
それが正解かどうかは分かりませんし、それこそ正解かどうかなんて重要じゃないんでしょうけど。
在り来たりな言い方になりますが、結局は単純に『想いの行先』なのだと思います。
バスケ漫画と銘打っていながらも、日向先生にとってはきっとそれを描くためにひとつのツールなのだろうなぁと。
何に対してもそうであるように、そうあってほしいという願いが散りばめられた珠玉の作品なのだと改めて思いました。
勝利も敗北も、そこに挑んだ者だけが与えられる等しさだとそこに込めているのかもしれません。
綺麗事ですけどね。
恐らくそれに注力して描いた作品がベストセレクション+の描き下ろしで、簡潔に、痛烈に、その思いの丈を描いています。
その綺麗事さえある日突然奪われた少年の話です。
どうしようもない現実に対する不満、不安、鬱憤、葛藤。
嫌というほど突き付けられるやるせなさに灯る一筋の希望が、誰かを想う人の繋がりだというオチは圧巻です。
シルエットと声のみの出演だった彼は、一体どこまで事情を知っていたのでしょうか。
理不尽を前に大事なものを手放すしか選択肢がなかった少年に、何を思ってあの言葉を投げかけたのでしょうか。
置かれている現状、どうにもならない現実、それらを情報としてインプットした上で少年に語りかけたのかもしれませんし、ただ単純に心から思っていることを告げただけかもしれません。
それはまぁ読者の想像にお任せします、な仕様なのですが、そこに意味はありません。
どっちだって、大した違いはないからです。
かつて共にコートに立っていた友人からの言葉が、知れることを知った上でのものであっても何も知らない人間の言い分であっても、少年にとってはどっちだって同じことだったと思います。
あの電話にどんな意味があったにしろ、どんな想いが込められていたにしろ、彼の言葉を受け取ったからこそ『もう一度』を決意できたのなら、そんなものは野暮ってものです。
その『もう一度』は今の自分のためであり、彼が明け透けに語った『また』の時のためであり、そして自分と同じ境遇の誰かのためであり、そこで誰も後に続く者がいなくてもきっと後悔は形を変えて根付く何かになる。
そこには希望に満ち満ちた明るさはありません。
手酷く胸を抉るエピソードでありながら、それでも『ああ、良かった』と思わずにはいられない余韻があります。
つまるところ、『試合の勝ち負けは重要じゃない』の意味が詰まったひとつの作品です。
月並みな言葉でしか語れないのですが、勝敗と共に確かにそこにあった想いこそが、『あひるの空』たる由縁なのだろうなぁと。
でもそれにはやっぱり勝敗が付き物の世界を描いているのだから、重要でもあるんじゃないかなぁとも思うわけで、そうこうしてると冒頭に戻るというとんでもないループが待っているわけで…。
『結局どうしたって勝ち負けが重要ですよ。そんなの当たり前でしょ。何事も勝たなきゃ次はないんだから。改めて言われなくたってみんなが知ってるじゃん。だからそんなの今更描いたって仕方ないし、この漫画はそこに重きは置いてないよ』っていう捻くれの産物だと、今は思っています。





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