時は流れ、放課後となった。 体育館から響くボールの音や部活のかけ声、廊下を走る足音。 快斗の前に立つのは、A組の“高嶺の花”ーー名字名前。 ほんのり頬を染めて、じっとこちらを見上げてくる。 人気のない体育館裏に呼び出された快斗。 目の前で恥ずかしそうな女の子がモジモジするシチュエーションはまさに…… 「……その、美術準備室の鍵って……開けられたりするかな?…ちょちょいっと」 そうそう。ちょちょいと鍵を、って……… 「……こ」 「こ?」 告白じゃねーのかよ!!と心の中で快斗は盛大にズッコけた。 全力で構えてた分、肩透かし感がヤバい。いや、それならそれでよかったんだけども! けれど、あまりに拍子抜けして、期待してしまっていた自分をどこか責めたくもなる。 「い、いやならいいの。とんでもないこと頼んでる自覚はあるから!」 「いやっつーかさ……」 呼び出し方とか…この状況とか… せめて教室とか、もうちょい普通の場所で言われたらリアクションも変わったのに。 まあでも、教室でそんなことを頼まれたとしても驚いていたか。 「…なんで俺? 話したことなかったろ」 「手品が得意って聞いたから、器用そうだなって……あと、手品好きな人に嫌な人はいないと思ったし…」 「いやー後半の理屈は初耳だわ」 つい頭を抱える快斗。想定外のペースに完全に翻弄されている。 実はこいつ、ちょっと抜けてるな。 「んー先生には?頼めねーの?」 「うーん……あんまり大事にしたくなくて…はは」 しかも、訳ありらしい。視線を逸らす名前の分かりやすさに快斗は呆れる。 まあ、少し面白そうだし、可愛い女の子から頼られているんだし。 多少の暇つぶしにはなるかと、息をふうっとついて快斗は肩の力を抜いた。 「…ま、いーけど、バレた時はフォローしろよな」 「!」 名前は、ほんの一瞬驚いた顔をして――次の瞬間、ぱあっと笑顔を咲かせた。 春の日差しのような、そんな笑顔。 「ありがとう!黒羽くん!」 バレても黒羽くんのことは絶対守る!と無邪気に拳を握るその姿に、快斗も思わず口元が緩む。 そして、同時にこの状況に既視感を覚える快斗。 ーーーなんか、どこかで… そう思いながら彼女を見つめていた快斗は、名前の「どうかした?」の声で我に返った。 「……なんでもねーよ。ほら行くぞ」 心にかすかな引っかかりを覚えながら、美術準備室へと足を向けた。 --- 校舎を並んで歩く。 名前はそれだけで少し浮かれていた。誰かと一緒に放課後を歩くなんて、高校に入って初めてだった。 袖をぎゅっと引き、真新しい制服の感触を確かめながら、一歩ずつ歩を進める。 「…つか、鍵開けてどうすんだ?なんか盗るんじゃねーよな?」 「と、盗らないよ」 「へー?」 「…ちょっと探し物。でも見つけても盗らないよ」 一度でも見られたらいいから、と優しい声でそう言った名前を、快斗は横目でちらりと見る。 たぶん、大事なものなんだろう。それ以上は何も聞かなかった。 だが、美術準備室前に着いたふたりは、ある問題に直面した。 開錠は簡単そうだが、職員室が近いうえ、準備室の扉と向かい合う窓は中庭に面している。 その中庭では、部活勧誘のラストスパート中で大勢の生徒で賑わっていた。 鍵を開けて入室する瞬間を、誰かに見られてしまうのは容易に想像できたのだ。 「…明日にするか?俺は授業サボってもいーけど」 「ダメ。そこまで巻き込めない」 顎に指を当てて考え込む名前。 別に普段もサボってんだよなーと呑気に思っている快斗をよそに、 彼女はとと…っと駆けて、美術準備室と中扉で繋がっている美術室を覗く。 中には美術部員が数名。 諦めかけたその時、名前は美術室に換気用の上窓があることに気づいた。 「……あの上の小さい窓、準備室にもあるかな」 「おー、裏回って見てみるか?」 「うん!いこう!」 快斗の提案に嬉しそうに返事をする名前。 その様子に噂で聞いていたような近寄りがたさは、微塵も感じられなかった。 「…名字って首席で入学したんだろ?」 「あ、うん…」 「優等生かと思ってたけど、意外とワルだな」 どこか歓迎するような、ニヤッとした笑みを浮かべる快斗。 名前は快斗の言葉に少しきょとんとしてしまうが、 ここ最近の周囲からの評価を考えると、ワルと言われた方がまだマシかもと思ってしまった。 そんな自分に少し呆れて「…はは」と乾いた笑いしか出なかった。 --- 校舎裏に回ると、予想通り準備室にも上窓があった。 「あるね!よかった!でも…開けられそう?」 「んーやれなくはねーけど、ちょい時間かかるかもな。待てるか?」 こくこくと名前が首を縦に振る様子を見て「んじゃこれ頼むわ」と学ランを脱いで預けた。 快斗が少し背伸びをして窓枠に細工をすると、数分後には、カチャ、と軽やかな音とともに窓が開いた。 「よっ…と、思ったより簡単だったな」 「おおー!ありがとう!はいこれ」 「サンキュ」 快斗は埃をはらいながら地面に降り立ち、制服を受け取った。 そして、名前が窓から入れるように下から持ち上げようと、横に目を向ける。 「んじゃ、俺が下からーー」 そう言いかけたところで、 なんと名前は大胆にも、自分よりも50cmは高いだろう窓枠に飛びつき、 華奢な身体で、そのまま中へ―― 「…っうお!?猿かよ!!つーかお前スカートだろ!?なにしてんだよ!!」 「え!?」 快斗の騒がしさに、名前は「もしかしてスパッツを履き忘れてる!?」と思い、 慌ててスカートの上からお尻を撫でて、スパッツの感触を確かめる。 名前が跳ねた瞬間から一応目を覆っていた快斗だったが(指の隙間からは見ていた) お尻を撫でて確認するその仕草に、さらに快斗は顔を赤くする。 「…いや、スパッツ履いてる!」 「いやいや、履いててもだろ!!」 「……過剰だよ。黒羽くんのすけべ」 「お、お前なあああ」 快斗が言い返す声も虚しく、名前は「はい」と中から手を差し伸べてくる。 けろっとした表情になんだか毒気が抜かれていく快斗。 「…ったく、ワルってよりじゃじゃ馬だな。俺がいなかったら窓割ってたろ」 「まさか。夜に忍び込んで鍵を盗んでたね」 「…まじ?」 「あはは、うそ!」 「…」 「はやくはやく!見つかっちゃう!」 こいつ…なんだかんだいい性格してんな… そう快斗は呆れながらも、どこか心が緩んでいるのを感じていた。 彼女の小さな手を取ったその瞬間、思った以上に温かくて、力強くてーー ほんの少し、心の奥が動いた気がした。 |