冬が明け、暖かい日差しを懐かしむ最近。 江古田高校入学式。 その春らしい日差しを受け、新入生の黒羽快斗はこくりこくりと船を漕いでいた。 昨夜は遅くまで手品のタネの仕込みに没頭していたせいで、睡眠不足。 そんな彼にとって、校長先生のテノールは最高級の子守歌だった。 徹夜の甲斐あってか、式に向かう道すがら、 幼馴染ーー中森青子のとびきり驚く顔を見ることができた。 …流石に校門を塞ぐくらいの紙吹雪はやりすぎたか。一応、桜の花びら仕様にしたんだけど。 「わああ!…ーーって、誰が掃除すんのよー!!」と、朝から快斗を追いかけ回した青子は、 いまは席順の関係で快斗よりも後ろの席。 からかう相手がいない快斗は眠気と戦う術もなく、静かに意識を飛ばしていた。 周囲の同級生達にワンテンポ遅れて、起立と着席を何度か繰り返すと、 ようやく「新入生退場」という号令がかかり、快斗はあくびをしながらその揺れる頭を持ち上げた。 これから通うことになる教室へ向かうなか、 同じ中学校だった男子生徒が、おい快斗、とこそこそと耳打ちをしてきた。 「あんだよ」 「お前見てたか?新入生代表の女の子…めっちゃ可愛かったぞ!」 「マジ?うわ、俺寝てたんだよなー」 正直、そこまで興味はなかったがこういう男子ノリは嫌いじゃない。 「なんで起こしてくれねーんだよ」と言いつつ、友人の肩を軽く小突く快斗。 担任にバレないようふたりで笑いをこらえながら、教室へ向かった。 ーーまさか、その女子生徒から1ヵ月後に呼び出されることになるなんて。 この時の快斗は、思いもしなかった。 --- それは本当に突然だった。 入学から1ヶ月経ち、 高校生活にも慣れ始めてきた頃の昼休み。 珍しく青子が友人たちと学食へ行こうとしていたので、快斗はひとしきりからかい、 いつもの夫婦漫才のような掛け合いで教室を沸かせたあと。 見送った快斗も友人達と談笑しながら、教室でパンをかじっていた時だった。 「ーーおい快斗!お前、名字さんに呼ばれてるぞ!」 名字…誰だそれ? 興奮気味に知らせてくる友人の背後に、教室の外で佇む女の子の姿。 けれど、どうにも見覚えがない。快斗は首をかしげた。 その一瞬の間に、 周囲の男子たちは“おおお!”とサッカーゴールが決まったかのような歓声をあげる。 「えっ名字さんってあの入学式の可愛い子だよな!?」 「そうそう!A組のやつに聞いたけど、いいとこのお嬢様らしいぜ…!」 「快斗、お前これ絶対告白だって!」 「マジで?」 気づけば快斗の口元がニヤけていた。 「早く行けよ!」なんて男子たちに背中を押されながら、 食べかけのパンを机に置き、照れくさそうに頭をかいて教室の外へと出る。 --- 「俺が黒羽だけど…わり、どこかで話しことあったっけ」 「あ、ううん!はじめましてだと思う…お昼中にごめんね」 そう言って、その子は少し眉を下げながら小さく笑った。 自分が人の顔を忘れるようなやつではなかったことに安堵した快斗。 そして、はにかみながら「名字っていいます」と名乗る女の子に、自分が浮き足立つのがわかった。 …確かに可愛い。 「それで…その、今日の放課後って時間あるかな? ちょっとお願いしたいことがあって…」 「…あー、まあ。少しなら」 「よかった!そしたら、ここだとちょっと話しにくくて…体育館裏でまた話してもいい?」 快斗が頷くと「ありがとう!じゃあまた」と少し恥ずかしそうに笑いながら、 ぺこりと頭を下げて小走りで戻っていった。 ーーー告白だ。これは絶対告白だ。 快斗の予想以上に名字って子は可愛いし、ああいうタイプは今まで周囲にはいなかった。 突然の出来事に戸惑いつつも、ニヤついてしまう快斗。 そんな快斗が教室に戻ると、男子たちはすでに獲物を囲むジャッカルの如く待ち構えていた。 「…で?で?なんだって名字さん?」 「あーーちょっと頼まれごと」 「嘘つけお前!絶対あれは告白一択だろ!」 「くそっ快斗ばっかモテやがってー!!」 「バーロー、そんなんじゃねーよ。ただの相談だって相談!…つーかお前ら、変な噂立てんなよな」 といいつつも、わあわあと盛り上がる男子たちに囲まれながら、 口では否定しても、快斗は緩む口元は止められなかった。 男子たちはますます騒ぎ、教室はちょっとしたお祭り状態。 そして、昼休みの終わり際に青子が戻ってきた。 「ちょっと快斗!なーにニヤけてんのよー!」 「なんでもねーよ」 青子といつも通りの掛け合いをしながらも、快斗の内心は少しざわついていた。 あの時、青子がいなくてよかったとふと胸を撫で下ろす。 その後、理科室で同じテーブルの友人と談笑している青子を見て、快斗は心の中でつぶやいた。 (…ちゃんと断らねーとな) |