ーー翌朝。
名前は、甲高い怒鳴り声に叩き起こされた。


何事かと寝具を抜け出し、使用人の手を借りて身支度を整えると、声のする正面玄関へ急ぐ。
玄関には、祖父と昴子、それに大勢の使用人と護衛の姿があった。

祖父はいつも通り、無言のまま外出の準備を進めているが、昴子の様子は尋常ではない。
顔を紅潮させ、声を荒らげていた。


「ーーなぜです!? わたくしが学園長と密に繋がっているからこそ留まっていられるというのに!
他の学校、ましてや庶民の通うような場所へ名前さんが通えば、名字家の愚行として世間に露見しますわ!!」

「そうならぬよう、お前が目付役になったのではなかったか?
しかし、その様子では…お前にその器量がないと見えるな」


間髪入れずにそう言い放った祖父の言葉に、昴子はくっと唇を噛む。
だが祖父はそんな彼女を一瞥することもなく、背後の使用人を呼びつけた。


「入学に関する書類は、すべて私を通せ。
名字家の恥とならぬよう、一同、準備を怠るな。よいな」


祖父の言葉に「かしこまりました」と深々と頭を下げる使用人たち。
その一方で、昴子は怒りに震え、声を荒げる。


「だ、旦那様!!」

「黙れ。この件に関して、お前と話すことは何もない」


祖父は「いってくる」と一言だけ言い残し玄関を出た。
その背中が見えなくなる直前、ふとこちらに目を向けた祖父と目が合い、名前は慌ててぺこりと頭を下げた。


ーー頭を下げた名前は、腹を括った。
いや、括らざるをえなかった、というのが正しい。



---



それからの日々は、まさに目が回るような忙しさだった。


ーー明日から武道の稽古を倍にする


先日の祖父の宣言通り、柔道と薙刀の稽古は週2から週4に増やされた。

容赦のなくなった祖父と師範の投げ技に、名前の受け身はとうとう追いつかず、
ついこの前、初めて肩を脱臼した。
ちょっと泣いた。

武道の稽古が増えたことで、祖父は華道の時間を削った。
「花なんぞで身を守れるか」と、週2の稽古を隔週に減らしたのだ。

そしてその翌朝、名前はまたしても取り乱す昴子の姿を目にし、
肩の痛みが少し引いた気がした。



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毎朝4時に起床し、朝稽古かランニングをこなしてから身を清め、朝食をとる。

その後、新たに手配してもらった早朝対応が可能な家庭教師と、登校間際までみっちりと学習する。

学校でもなるべく空き時間は学習の時間に充て、
帰宅してからは息つく間もなく稽古をする。
勿論、稽古後は参考書を睨む。


そんな名前が外部受験を控えているという噂はすぐに広まり、学校中がざわついた。

同級生からは好奇の眼差しを向けられ、家柄を重んじる教師たちからは「思いとどまるべきだ」と何度も忠告を受けた。

だが、名前にはそれらをいちいち気にする余裕はなかった。


昴子が「愚か者の行く学校」などと罵ってきた江古田高校は、
飛び抜けた難関校ではないが、平均より偏差値が高い。所謂、上位校寄りの中堅校。

現在の学力でも合格圏内には入っていたが、
祖父が課した“首席での入学”という目標は、想像以上に高くそびえていた。


心が折れそうになった日や、父母やハナのことを思い出し泣きそうになる夜は決まって、
ガレージに佇む母の愛車に凭れかかりながら、英単語帳を手にした。

少しでも、あの豪胆な母の存在を身近に感じたかった。自分を奮い立たせたくて。



期末テストも迫るなか、父の日記兼スケッチブックを眺めたり、
園子や、こっそり応援の言葉をくれる学友たちのおかげで、何とか気を保ってはいた。


…とはいえ、最近は昴子の責めが一段と激しくなり、名前の心身は限界に近づいていた。

加えて、今までろくに顔を出したことのなかった昴子の一人息子ーー樫原漣司が、
やたらと距離を詰めてきては、無理な接触を図ってくる。



様々なことが積み重なり、名前のストレスは限界寸前。



きっともうすぐ床を転げ回って暴れ出すと思う。

…どうせなら"頭がおかしくなった"と噂されるくらい暴れよう。
腫れ物扱いの方が楽かもしれない。




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