「ーー愚かなことを考えるからよ」 背後から、冷たい声が落ちてくる。 びくりと名前の肩が震えた。 振り向かなくても、その声の主が誰かは分かっていた。 「しばらく外出も禁止にいたしますからね。 あの老婆に唆され、野良犬のようにどこへ出かけたのか知りませんが、とんでもない世迷言だわ」 学校でわたくしがどれだけ恥をかいたことか。 昴子は、ため息をつきながらそう言った。 「…よくも…ハナさんを、あんな形で――」 絞り出した名前の声は怒りで震えていた。 「“あんな形”? まさか、名字家に恩知らずな真似をした者を居させろとでも言うの?」 昴子の目は細く、冷笑すら浮かべていた。 「情で人を抱え続けていては、この家の品格を保てないわ。足元もおぼつかない人間なんて、いるだけで危なっかしいのよ」 それだけ言い捨てると、昴子は踵を返し、廊下の奥へと消えていった。 高く響く足音だけが、やけに耳に残った。 --- 部屋に戻った名前は、ベッドの上にへたり込んだ。 夕暮れに染まりかけた室内は、どこか冷えていてやけに広く感じられる。 ハナのいない屋敷。 あの手のぬくもりも、そばに感じていた小さな安らぎも、もうどこにもない。 胸の奥が、がらんと音を立てた気がした。 昴子に対する止めどない怒り。 自分には何もできなかった、その不甲斐なさ。 ハナがいなくなった、優しく微笑むその背中を引き留められなかったーー哀しさ。 「……どうすればよかったの」 全部が、ごちゃごちゃになって名前の中で渦を巻く。 唇を噛む。昴子の言葉が何度も脳裏をよぎる。 「愚か」「世迷言」、それが全部、父の痕跡を追おうとした自分への皮肉だと分かっていた。 ーーーそんなの…絶対に間違ってる…… そう思った瞬間、心の奥で何かが弾けるのを感じた。 父が最後に何をこの世に残したのかーーあの絵を、見つけなきゃいけない。 あの優しい微笑みと温もりを、なかったことにさせてはいけない。 自分のせいだと責めるのは簡単だった。 でも、このまま言いなりになって、この気持ちを潰されたくない。 何も守れない自分のままでなんて終われるものか。 ーー幼い頃の思い出が頭に流れる 名前を可愛らしい手品で人攫いから救い出し、 「やめてーっ!!」 幼い名前が初めて守ることができた男の子。 名前は立ち上がった。 冷えきった部屋の中で、まだ熱の残る目元を袖でぬぐう。 「……このままなんて、絶対いや」 呟いたその声は、どこか震えていて、でも確かに強かった。 そして彼女は、祖父の部屋へと向かう。 名前の目に迷いはなかった。 |