『よかったわね!いっぱい良いもん見つけたじゃない!』 「ふふっありがとう!もう、ほーんと驚き!」 名前はその翌日、稽古を終えるなり真っ先に園子へ電話をかけた。 ハナには帰宅してすぐにすべてを話し「今度はハナさんも一緒に行こう」と誘ったが、 アトリエで見つけたものについては、もっとたくさん人に話したかった。 ――たとえ、話せる人がほんのわずかだとしても。 『…ねえ名前。パパに頼んどくからさ、うちに名前のお母さんのバイク置いておけば?』 「…へ?」 あまりに唐突な提案に、名前は間の抜けた声を出してしまう。 バイクを園子の家に…どうして? 『だーって、次にあんたがバイク見に行ける時間がいつ取れるか分かんないでしょー?』 「…た、確かに」 『それよりは、うちに来る方が多いんだし。なんなら、おばさまには内緒でメンテナンスとかしちゃいなよ!』 「え、うわ、ええぇ…いや、それはすっごい嬉しすぎる…」 名前が鈴木邸に招かれる場合、昴子は多少怪訝そうな顔をするものの、基本的には断らない。 渋くて上品な母の形見のバイク。 一度も乗ったことはないのに、タンクに触れた時のひんやりとした感触や、 母が跨っていた姿を思い出すだけで、胸がいっぱいになる。 それを思いっきり眺めて触れるなんて… しかも、横にはお喋りな園子もいるなんて――そんなの、絶対楽しい! 「…え、本当にいいの?」 『いいのいいの!それに言ったでしょ!なにかあったら連絡しなよーって』 「うわあ…もう…ありがとう園子。いや、園子様!」 『その代わり、必ずあたしを後ろに乗せなさいよー!』 「あはは!まだ免許も取れる歳じゃないのにー!」 でも、そうか……16歳になって免許を取ったら、私もあのバイクに乗れるんだ。 園子の優しさと相まって、名前の胸は苦しいほど高鳴っていた。 そしてもうひとつ、胸の奥で小さく燃えていた思いを、名前は園子に打ち明ける。 「ねえねえ園子…その、共学ってどんな感じなの?」 『…え!? あんた、もしかしてマジでお父さんの高校受けるの!?』 「まだわからないんだけどさあ…」 今の学校の友人たちが嫌いなわけではない。 とくに、家柄に縛られて悩んでいる子とは、どこか同志のような気さえしている。 でも――先日の出来事で、名前は新しい世界と出会う感動を知ってしまった。 自分の意思で、何かに挑戦したい。たとえその先に大きな壁が待っていると分かっていても。 『んじゃあ、バイク置き場の他にもアンタの寝床も用意しないとね!』 「あはは…それ、全然笑えない」 『いいじゃん!アンタのだーいすきな怪盗キッド様の真似して、夜は怪盗業でもして稼いできなさいよ!』 「もう!それも笑えないってばー!」 名前は「そのためにはバイクの特訓ね!」とまだ茶化してくる園子に呆れて「はいはい」と電話を切った。 園子には軽口で返せたものの、実のところキッド様のことはまったく笑えなかった。本当に。 初めて出会ったあの夜から3年程後、彼は忽然と姿を消してしまったのだ。 (数年後、再び現れる怪盗キッドに園子も夢中になることを、このときは誰も知らない) 当時は今よりも幼かった名前。 さらには、あの昴子に怪盗の予告現場に行きたいだなんて言えるはずもなく。 彼の活動時期にできたことは、こっそりと過去の活躍が載った雑誌や記事を集めることだけだった。 はじめはきっとまた会えると思っていたが、失踪から5年が経った今。 怪盗キッドーー彼の名前を耳にするたび、ワクワクよりも切なさが先にきてしまうのだ。 もう、あの夜のような奇跡には二度と出会えないかもしれない。 もしかしたら、彼はあの夜の怪我のせいでーーー そんな現実的な不安が、ふと名前の心を曇らせるのだ。 (…あの夜のことを思い出すときは、暗い気持ちになりたくないな) 名前は彼がくれたあの夜を、これからもずっと宝物にしておきたかった。 「……ふう」 瞼を閉じて、そっと深呼吸する。 名前は昴子から理不尽に扱われたり、なにか悲しくなるたびに、いつもこうして自身を落ち着かせてきた。 うまくいかない時もあるけど。 感情の波をひとつひとつ落ち着かせるように、心の中をそっと整理する。 母のバイクのことが一瞬頭をよぎる。 でもそれは、園子にまた会いに行く時まで大切に取っておこう。 今の自分が真っ直ぐに向き合えるものはなにか。無理なく、静かに探していく。 そんなふうに心を澄ませていったとき、やはり浮かんできたのは父のことだった。 ーーそういえば、お父さんが教師をしていた高校って… 自然と手が伸びて、携帯の検索画面を開いていた。 父のことをもっと知りたくて、少しでも忘れたくなかった。父が過ごしていた場所。見ていた景色。残したもの。 そのまま時間を忘れて画面を追い続け、 ”パパからOKもらったわよ!アトリエの住所教えなさい!” と園子から元気なメールが届いたのは、それから1時間も経ってからのことだった。 きっと私は、母のバイクを見て、なにかエンジンがかかったのかもしれない。 まだ走ろうとしている道はわからないけど。 |