「だーいせーこー」
自分でも分かる。
なんて間延びした声であろうか。
「やれやれ、またお前かい」
細められた目のせいか先輩の顔はまるで本物の狐のように見えた。
「狐様もいっそ清々しいほど毎回落ちてくれますね」
「全くだ」
成績優秀な狐様のことだからは分かっている、筈なのだ。
私が仕掛けた蛸壺の位置を。
だのに狐様は毎回毎回落ちてくれる。
「どうです、私の蛸壺は」
ひょい、と身軽な動きで蛸壺から出てきた狐様に問いかける。
「さすが、喜八郎の蛸壺はいつみても綺麗やね。私が落ちたんにまったく形を崩さない」
私の蛸壺をゆっくりと撫ぜる。
狐様の指先はとても美しい。
「懐かしい、私の兄も穴堀が得意なんよ」
「狐様にご兄弟がいらっしゃったなんて初耳です」
狐様が一瞬悲しい顔をして見せたのは恐らく私の見間違いだろう。
110320