寝覚めは最悪だった。昨日から降り続ける雨はまだ雨足を弱める気はないらしい。
「ベル様」
小さなノックとともに穏やかな声がする。ああ、この声は。物音を立てず、息を殺してそっと扉へと近寄る。
「誰」
かちゃりと装飾の施された扉を開けばそこには、日本人だろうか、黒い髪の女がいた。俺の顔を見るやいなや、女は流れるような所作で一礼をした。
「本日付でベル様の隊へと配属になりました、みよじなまえと申します」
俺は、知っている。この穏やかな声も、手入れのされた黒髪も、小さな体も、でも、一つだけ顔に貼り付けたような笑顔は俺の知らない笑顔だった。脳が痺れるような感覚がした。俺は、この女に恋をするのだろうか。女は、この俺を愛してくれるのだろうか。
「そ。せいぜい死ないように頑張んな」
前髪が、長くてよかったと不意に思ってしまった。伸びた髪の奥で、俺の目は動揺に揺らめいてるのだろう。失礼します。という女の声を最後まで待たず、俺は扉を閉めた。
「みよじなまえか…」
あの夢を見たのは俺だけなのだろうか。