逃げないと誓った。誓ったのだけれどどうしても逃げ出したくなってしまう。
「おうなまえ。飯食おうぜ」
隼人の声に思わずびくりと肩が揺れる。ぎこちなく後ろを振り返ると手にソーメンパンを持っている姿が目に入る。
「あ、と」
怜華ちゃんの言葉が頭の中でぐるぐる回る、回る。言わないと。でも、言いたくない。
矛盾する気持ちを抑え口を開く。
「わ、たし先生に呼ばれてて。だから今日は一緒にご飯食べらんない。…ごめんね」
さっきまで笑ってた隼人の顔が一変する。眉間にシワを寄せ睨んでくる。
「ほんとかソレ?まさか、怜華に呼び出されてんじゃ…」
「ちがうよ、」
(ああ、)
嘘だと言いたかった。気づいてほしかった。止めてほしかった。でもそれはただのワガママで。
「じゃあ、行ってくるね」
「…おう」
心配そうに見てくる隼人をこれ以上見ることができなかった。
(ごめんね、)
今、私は屋上へ続く扉の前にいる。ドアノブを回せばそこは小さな地獄なんだろうか。もう一度リボーンから貰った盗聴器の電源が入っているかを確認する。しっかりと入っている。それだけが今の私を救ってくれる唯一の光だ。
ガチャリとドアノブから音がして視界は青い空でいっぱいになった。
「来てくれたんだぁ」
扉から少し歩いて怜華ちゃんと向かい合う。
「そっちが来てって言ったんでしょう」
「相変わらず強気ぃ〜」
茶化したように言う怜華ちゃんに嫌気がさす。わざとらしくて、ムカつく。…いい子だと思っていたのに。
「用、は?」
出来れば早く終わらせたい。隼人の側に戻りたい。
「あーあ。つまんなぁい。何?その早く終わらせたいって顔」
そう言って近付いてくる怜華ちゃん。
「でも残念。終わらせないよ」
「……一つだけ、一つだけ聞かせて」
知らず知らずに口がそう動いてた。
「はぁ?まぁいいけど。……何?」
「どうして怜華ちゃんはこういうことするの?」
心なしか怜華ちゃんの瞳が鋭くなった気がする。
「ふっ、そんなこと。いいわ、教えてあげる。」
少し間が開く。短いようで長い間。
「転校してきた時から思ってたんだけど。隼人や武にツナ。それにあの恭弥も、みんなみんなあんたの側にいて。それなのに怜華には寄ってきてくれない。なんでよ、あんたより怜華の方がかわいいのに…!だから、あんたを悪役にして怜華がお姫様になろうと思ったの」
これで分かった?と怜華ちゃんは得意気に私を見る、
(そんな、それって)
「ただの嫉妬じゃない。ひどいよ怜華ちゃん。それだけのためにツナたちを騙したの?」
「うるさいなあ!あんたは黙って悪役をやってればいいのよ!!」
ドンと怜華ちゃんは私を突き飛ばす。いきなりのことで体は衝撃に耐えられず尻餅をつく。
「もっと、もっと地獄を味わってもらうんだから」
そういって怜華ちゃんは自らの頭を何度も何度も壁に打ちつけ叫んだ。
「いやあああああああ!やめてえええ!」
目に映ったのは、怜華ちゃんの額から流れる赤黒い血とニヤリという効果音が聞こえてきそうなくらい醜く、怪しく笑んだ怜華ちゃんの顔だった。
耳につく甲高い声、溢れる恐怖心。
(助けて、助けて隼人)