「好きです。中峰先生のことが」

三年前の夏の日、一人の女生徒からそう言われたことを、今でもはっきりと覚えている。その女生徒の声も、半袖のカッターシャツから覗く白い肌も、薄く紅潮した柔らかそうな頬も、彼女の全てを、三年の月日を経た今でも明確に思い出すことが、出来るのだ。

「期待する返事を貰えないことは分かっています」

僕を見つめる彼女の目は、力強く。僕が彼女の気持ちに答える前に、彼女は既に、僕の答えを受け入れていた。

「ただ、気持ちを聞いて欲しかっただけですので」

彼女は純粋に僕を好いてくれていた。そのまま彼女は、三年生の教室へと足を向けた。


その日から僕は、彼女を意識するようになっていた。その日から、僕の周りから鍵が無くなることが多くなっていた。その日から、生徒の名前を間違えることが多くなっていた。その日から、近所の猫に噛まれることが多くなっていた。彼女は、彼女はなぜ、こんな情けない僕に恋という感情を抱いたのだろうか。僕にいいところなどないだろうに。安田先生や正宗先生のほうがよっぽど素敵だろうに。

「僕のどこに魅力があったんでしょう」

誰もいない教務室でぽつりそう呟く。誰かに聞かれるでもなく、その言葉は、どんよりとした空へと吸い込まれたものだと思っていた。

「貴方の存在が、私には魅力的だったのです」

驚いた。僕しか居ないと思っていたのに。僕だけだと思っていたのに。まさか、彼女からの返答を聴けるなんてことが。

「はは、聞かれてましたか」

開けた窓から入ってきた風は、爽やかなものではなく、雨の匂いを交えた、気味の悪いものだった。確か、今日の天気予報は晴れだった筈だ。

「偶然、先生を見掛けたので」

うっすらと微笑む彼女は高校生であることを忘れてしまうほど、大人びていた。今まで生徒たちは自分の子供のように思っていたのだけれど、なかなかどうして、生徒たちは、遥かに、大人に近い子供だったようだ。

「これは、独り言だと思って聞き流してください」

「君に告白されてから、僕は失敗をたくさんするようになった。生徒の名前も覚えられない。けれど、君の名前だけは、はっきりと覚えていた。君の前では、極端に失敗する回数が減っていた。最初は、教師と生徒。交わることのない関係だと自負していたのに、気づけば、その考えが覆された。僕という教師と、君という生徒が、交わってしまった。もし、卒業後も、君が僕を想っていてくれるのなら、今度は、僕の方から君に想いを告げたいと思っているんです」

彼女は一言も発さずに、僕の独り言を聞いていた。いや、むしろ、何も聞こえていなかったかのように。

「…雨が降りそうなので、そろそろ帰りますね」
「はい、気を付けてくださいね」
「さようなら」

彼女が卒業するまで、あと7か月。




愛にまみれて八億年




111015
ポロネーズ午後五時さま提出作品



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