SN サム・ウィンチェスター
小さな波紋を生んだ。水、水、水。トプンと波が揺れる。水が私の体温を奪い、私の脚が水温を奪う。互いに互いの温度を奪い合い、同化していく。
「分かるよ」
波だけだった。波の音しか聞こえなかった。
「愛する人が死ぬのは辛い。僕も」
目の前の過去を、受け入れる自信は無く。ただ、人よりも体温の高かった彼が、誰よりも冷たくなっていくことが、
「僕もそうだった」
明後日は彼の誕生日だった。大学の友達と一緒にサプライズパーティーを企画していた。
「好きだった、愛してた」
溢れ出す感情はもう彼には届かず、水に溶けて、沈んでいく。事件後初めて口を開いた私に驚いたのか後ろにいた男は瞬きを一つした。
「彼を殺したのは、本当に悪魔なのね」
「…その話をどこで」
武器を持たず素手のみで彼は殺された。一部の臓器を奪われて。
「聞こえたの。貴方ともう一人の男の人が話していたのを」
一瞬にして空気が変わったと、分からないほどの馬鹿ではない。
「そうか」
「悪魔を、倒したいと言ったら、貴方はどうするの」
所詮無理なのだ。悪魔と出会ったことのない私が、悪魔を倒そうなどと。彼の二の舞になるだけだから。
「全力で君を止めるよ」
時間か、遠くでもう一人の男が後ろにいた男を呼んでいた。一度声のする方を見、そして私を見て、男は歩きだした。
「ファーストネーム、ファーストネーム・ファミリーネーームよ、貴方の名前は」
動きを止め男はゆっくりと振り返る。今までの切なかった顔が嘘かの様に、顔には人の良い笑顔を携えていた。
「サムだ。サム・ウィンチェスター」
110821