落乱 尾浜勘右衛門
「あは、ははは、あっは」
夜明け前の忍術学園に笑い声が発せられた。
「気でも違った?」
笑い声の主は尾浜勘右衛門。私の幼馴染だ。
「みんなが起きてしまうよ」
尾浜勘右衛門という人間はいつも笑みを顔に張り付け、その場の空気に溶け込み、まさに人畜無害にも見えるのだが、その実ろ組の鉢屋をも凌ぐ変人だ。
“普通の子”というのは存外普通ではないらしい。
「夜が明ける」
山の向こうがうっすらと明るみだした。
あと半刻ほどで生物委員の飼育する鶏が鳴きだすだろう。
「今日はお使いに行くんだ」
「そう」
勘右衛門が静かに呟いた。先ほどまでの笑いが消えている。
「片道一週間ほどだ。お使いも含めておそらく三週間で帰ってこられるよ」
各部屋からくのたま達が起きてくる気配がする。
鶏も鳴いていないというのに、相変わらず寝起きがいい。
「帰ってきたら久々知たちでもさそって近くの茶屋へ行こう」
「そうだね。じゃあ、行ってくるよ」
頭巾で口を覆う前に勘右衛門はいつもの笑みを携えていた。
いつもの人畜無害の尾浜勘右衛門がそこにはいた。
笑わなくなった道化師
110209
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