78/79

「またため息」

夢子はあははと声をあげて笑う。人の気も知らないで、とまた大きなため息が零れた。

「仕方ないだろ。緊張してるんだから」
「今更〜?」

寒いからと許可も取らずに俺の上着のポケットに潜り込んできた夢子の冷たい小さな手が、ぎゅ、と俺の手を捕まえた。

「一静、手汗ひどいよ?」
「だから緊張してんの!茶化すなら手追い出すぞ」
「ごめんごめん!でも家になんて何度も遊びに来てるじゃない。お父さんとも仲良しだしさー」
「遊びに行くのと訳が違うでしょうが」

今朝の天気予報で冬型の気圧がどうのこうのと言っていたっけ。
空気にヒビでも入っていそうな程の寒さに、顔の筋肉まで凍らせられたのかもしれない。
ああ、だめだ。全然笑えねえ。
何度もシュミレーションしたこの日が、いよいよ目と鼻の先まで迫っていると思うと吐き出す息まで震えだした。

「お嬢さんをボクに下さい!って言ってくれるの?」
「いつの時代だよそれ」

大げさに肩をすくめて、見たかったのに残念、とくちびるを尖らせて拗ねたふりをするのは彼女のテンプレで、よく俺の真似だと言って見せる顔でもあった。
両方の人差し指で眉尻を下げて、似ているでしょうと得意げなのだからたまらない。

「お父さん泣いちゃうかなー」
「えー、泣かれたら俺もらい泣きしそう」
「結構涙もろいもんねー、いっちゃん」
「いっちゃん言うな」
「めそめそしたら、ちゃーんと胸貸してあげるからね」

俺の上着のポケットの中では彼女の小さな手が相変わらずぎゅ、と俺の手を握っている。心無しか夢子の手にもじんわりと汗が滲んでいて、もしかしたら俺の緊張が伝染したのかもしれない。
こんな風に気持ちを共有出来るところに惹かれた。一方的に握られていた手をそっと握り返してから夢子を見ると、嬉しそうに目を細めている。
心臓が口から出てしまいそうな程緊張していたと言うのに、いつの間にか穏やかにリズムを刻んでいる。
インターフォンを目の前に最後に一呼吸して、人差し指に力をいれた。
もしかしたら彼女のリクエスト通りに「お嬢さんをボクに下さい!」と頭を下げることになりそうな気配がしなくもないけれど、それは流れに任せてみよう。






20151102

Title by 杏子

大好きなお友達へプレゼントさせて頂いたお話です。
mae ato
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -