「え、なにそれ何事! 金のエンゼル様よりすげーとかそれもう神じゃんか!」
「ああそうだ。見ろ! あちらにおわす方をどなたと心得る!」
「うん? ん、んーゴホン! 先のふくしょーぐん、水戸光圀公であらせられるぞー! 頭がたかぁい! ひかえおろー、ひかえおろー!」
「いやおまえがノリがいいのはわかったから、とりあえず見ろよ」
「なによ、光圀いんの?──ワァオ」
黒髪の平凡な少年がこちらを振り向き、目が、合った。
眠たげだった瞳をぱちりと大きく開いて、驚いたように俺を見ている。
俺は思わず息をのんで固まってしまった。
彼だ。彼が『縞優生』だ。さっき縞って呼ばれてたし、間違いない。
俺は不覚にも緊張してしまい、声をかけることすら出来ない。なんだ、これ。なんで俺こんなに緊張してんの。そういうのガラじゃないでしょ。
わけのわからない焦りで心臓までおかしくなってきたとき、縞クンがふっと表情をやわらげて、笑った。
「会計さんじゃーん。うっわ、やっぱ超かっけーね。こんな近くでこんなイケメン見たの俺初めてっすわ。うちのクラスになんか用事でもあったんすか?」
俺がこんなにも意味不明な動揺をしているというのに、縞クンの態度はすごく普通だった。慌てることも騒ぐこともなく、照れもしないし特別嬉しそうでもない。笑っているけど、さっきクラスの連中に向けていた笑顔と何も変わらない。
好きって、言ってたくせに。
なんだか想像していた反応と違う。もうちょっと喜ばれたりするかと思っていた。
まあ、思っていたより反応が薄いからって俺が残念がる必要はないんだけど。……て、何考えてんの俺。残念ってなに。べつに縞クンがどんな反応だろうとどうでもいいじゃんか。
俺はただ、顔を見てみたいと思っていただけだ。むしろ楽しみにしてたのにこんな平凡な子でザンネンだし。可愛い子だったら一晩くらい相手してやってもよかったけど。あれじゃ無理だわ。普通過ぎ。頼まれたって抱きたくない。
ちりちりと感じる苛立ちを誤魔化すようにそんなことを考える。
「ちょっと牧野センセに用があったんだけどねー」
「マキロンに? あー、確かマキロンってば生徒会の顧問やってんだっけ。伝言とかあんなら伝えときましょーか?」
「んーん。大した用事じゃないからダイジョーブ」
「そっすか」
なんて話をしていたら、たぶん親衛隊の子だろう生徒に『優生ごときが会計様とお話するなんて100万年早いんだよ!』なんて言われて縞クンは背中を蹴られていた。それに対して縞クンが文句を言い、そんな縞クンを周りが楽しそうに見ている。
縞クンはもうこっちを見ていない。
せっかく俺がここにいるのに、違う男なんかとじゃれながら笑っている。
ああ、苛々する。
いつの間にか俺はへらへらの笑顔を浮かべることも忘れて無表情になっていたらしく、近くに寄ってきていた可愛い系の女子モドキの男に「どうかなさいましたか?」なんて恐る恐る聞かれた。
反射的にそれに笑顔でなんでもないと返し、さっさと教室を出た。