君に決めた!B
2012/09/26 20:53


「……よりによってあの時のかよ。あの試合は結局負けたし、カッコ悪かっただろうが」
「何言ってるんスか! 俺はあの時の涼森先輩の鬼畜なくらい巧みなリードを見て、俺もあの人と組んでみてぇって思ったんですから!」
「貴様ドMか」
「! ち、違うっス! 俺が言いたいのはそういうことじゃなくて!」

 眉をハの時に下げて慌てる目の前の男前。吹き出すのをこらえた俺マジイケメン。

「……先輩のリードって、際どいところにもガンガン要求するし、マジえげつねぇなって思うときもあるけど、それでもなんか、見ててすっげぇ安心するんスよ。あんたが欲しがる球を全力で投げれば大丈夫だって思える。だから俺は涼森先輩と組みたいって思ったんです。……こういうの、たぶん一目惚れっていうんスよね」
「一試合見ただけで俺のキャッチャーとしての魅力に惚れるなんて、おまえ見所あるよ」

 誉められて調子に乗った俺は、バシバシと速水の逞しい背中を叩いて笑った。

「……いや、キャッチャーとしてはもちろんなんスけど、その、マスク外した時の、き、綺麗な素顔とか、あとあの泣き顔もすげぇそそられたし……」

 何やら速水が赤い顔でゴニョゴニョ言っていたが、俺はまったく聞いていなかった。バシバシと無遠慮に叩いていた速水の背中の、張りのある筋肉がだんだん嫉ましくなってきて、途中から我を忘れて本気で叩くことに夢中になっていたからだ。
 ハッと我に帰って手を止めた。ちょっぴり罪悪感を感じないでもなかったが、速水はまだ照れ照れしながら何やら独り言(?)を呟いていて、俺の八つ当たりには気づいてもいないみたいだった。

「――まあでも、俺のやり方はけっこう好き嫌い別れるぞ。自分の判断で投げる俺様ピッチャーには大抵嫌われる。俺だって俺のサインに首振ってばかりのピッチャーとは相容れない。そこんとこおまえはどうなんだ?」
「あ、俺はミット目掛けて全力で気持ちよく投げれれば、それでいいっス! むしろ何も考えずに投げることだけに集中したいから」

 なかなか素直ないい子だなこいつ。俺の好きなタイプだ。野球に関しては俺もたいがい俺様なので、このくらい素直な奴じゃないとやっていけない。これでこいつに実力があれば本当に言うことなしなんだがな。

「そうか。なら、とりあえずおまえの技量がどんなもんか示してみろ」
「はい!」
「幻滅させるなよ?」
「任せてください!」

 こういう強気な姿勢も俺好みだ。

 他の二人と同じように、肩慣らしに十球ほど投げさせる。ふむ、フォームはとても綺麗だ。球筋も悪くない。ミットにすうっと吸いついてくるような感覚が気持ちいい。わお、コントロールも抜群にいいぞ。
 ちょっとドキドキしてきた。高峰が絶賛する全中の有名人は伊達じゃねぇな。
 最初に三人に教えていたサインを使って、様々な要求をする。それに速水は難なく応えてきた。要求するレベルを上げていっても、コントロールが崩れることはない。それどころか、段々と球威が増していっている……?
 それに気づいた時、自分の鼓動が強く脈打つのがわかった。この高揚した気分を味わうのは何度目だろう。
 快音を響かせる己のミット。手に伝わる痺れが、俺を興奮させる。こいつ、ずば抜けて上手い。新入部員の中で、とかのレベルじゃなくて。今いるうちのレギュラー陣よりも上だ。

「――速水、おまえ、決め球とか持ってるかー!?」
「もちっスよ!」
「ちょっとそれ投げてみろ!」
「え、じゃあ本気で投げていいんスかー!?」

 今までのは本気じゃなかったのか。おいおいマジかよ。すげぇな。超たかまるんですけど!

「本気で来いよ! どんな大暴投したって俺は必ず捕るから!」
「はい!」

 元気よく返事した速水は、一瞬で雰囲気を変えて、静かに構えた。

 速水が振りかぶった。

 来る――!

 バッターボックス手前でブレながらさらに球威を増して飛んできたボールから、俺は一瞬たりとも目を離さなかった。

 ズバァァン――っ!

 今日一番の重厚な快音がグラウンドに響き渡った。ミットでは吸収しきれなかった衝撃が、全身に伝わる。
 取りこぼしたり、尻もちをついたりなどの醜態はなんとか免れたが、束の間、俺は放心してしまった。



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