君に決めた!A
2012/09/26 20:52
編入したその年、俺は夏の甲子園での優勝を目指していた。
だがそれを目標としていたのは、部内では俺含むたったの数人だけだったと後に知ることになる。
監督も主将も、上手い下手に関係なく、先発にはほとんど三年生を中心に起用したし、控えのベンチも三年生で埋まっていた。完全なる『思い出野球』だった。三年生にとっては最後の年だから三年生が試合に出るのは当然だ、とか、勝てなくても思い出に残る試合をしてほしい、なんて、監督や主将が言っていた。
この学校にはこの学校のやり方があるのだろうから、編入したばかりの俺が口出すことも出来ず、その年は地区予選であっさり散っていく先輩たちをベンチで見ていることしかできなかった。
その後すぐに三年生が引退して、俺は主将になった。
その日から、部内の雰囲気はガラリと変わった。甲子園優勝、さらにはプロ入り、果てはメジャー行きを本気で目論む俺を部のてっぺんに置いたのだから当然だ。練習は常に死に物狂い。マジでぶっ倒れるほど練習した。そのままでは甲子園の「こ」の字にも触れられないような実態だったので、とにかく練習するしかなかった。
俺主導の鬼のような練習量と、俺の暑苦しい熱意についてこれなくなった部員は、次々に辞めていった。俺というふるいにかけられて、残ったのは野球大好きな野球馬鹿だけ。最高じゃないか。最高の環境が整った。
だがしかし、まだ俺の相棒が見つかっていない。
俺のピッチャーは今いずこ?
多少の焦りを感じ始めた頃、俺はついに三年生になった――。
◇◆◇
新入部員が入ってきた。
とりあえず監督は、新入部員たちに自己紹介をさせ、希望のポジションと抱負を聞くことにしたらしい。
順繰りに抱負を語る一年生たちの中に、ひとり目立つ奴がいた。平均より高い俺より長身で、身体つきもけっこうしっかりしている。ついでに顔も整っている。今すぐモデルでもやれそうなルックスだ。泥臭くて汗臭い野球部なんか似合わないような雰囲気だが、しかし身体は一年生の中でも群を抜いて鍛えられているように見える。むしろ俺よりガタイいいじゃねーかチクショウ筋肉滅べ。
「うっわー、今年はすごいのが入ってきたな。ね、スズさん」
例の一年生を見て、俺の隣に立っていた副部長の高峰が言った。高峰は俺と同級なのに俺のことをスズさんと呼ぶ。
「そうだな、すごいイケメンだな」
「いやいやすごいのは顔じゃなくてね。てかスズさんあの一年のこと知らないの? マジで?」
「? 知らない。マジで」
「そっか、スズさんアメリカ行ってたしね。それにいっつも目の前の目標しか見てないから、中学野球のことまで意識してらんないよね」
「そんなにすごい奴なのか? まあ見るからに他とは違うが」
「うん、すごいよ。全中の有名人。あいつを欲しがる学校なんていくらでもあっただろうに、なんでうちみたいな無名校に来たんだろ?」
「へえ……」
高峰とそんな話をしていると、あの一年生の番になった。
「……速水壮介(はやみそうすけ)、ポジションはピッチャーです。目標は、」
そこで言葉を切ったその一年生――速水は、なぜかじっと俺を見てきた。入部早々この俺にガンつけるとは大した度胸だ。眼力勝負で負けるわけにはいかないので、俺も視線をそらさずにガン見してやった。
すると、なんということでしょう。速水の顔がみるみる赤くなってきたではありませんか。
冷たそうな端正な顔立ちから、冷静沈着なクールキャラかと思いきや、違うのか? それともまさか緊張しているとか。
「――俺の目標は、涼森先輩とバッテリーを組んで、夏の甲子園で優勝することです」
「は……?」
速水がそう言った瞬間、一部の新入部員たちからひっそりとした嘲笑が聞こえた。今あいつを笑った奴らにとって、甲子園で優勝するなんて目標は夢のまた夢らしい。
けれど俺たちは誰も笑わなかった。笑えるわけがない。「優勝したい」ではなく、「優勝する」と強気に宣言した速水の心意気は素晴らしい。これで実力も伴っていたら最高だ。
俺はわくわくしながら速水を見つめた。今度は赤い顔で気まずそうに目をそららされた。でもチラチラこっちを見てくるので何度も目が合っていたけど。
それから新入部員の適性テストをやることになった。内野手と外野手を希望の選手は監督と部員たちに任せ、捕手は副部長の高峰が、そして投手は俺が受け持つことになった。ちなみに高峰は球種の多さとコントロールの正確さが自慢の器用な投手だ。
ピッチャー希望は三人いた。まずは肩慣らしに十球ほど軽く投げてもらってから、どんな球を持っているか、コントロールは正確か、俺の要求にどこまで応えられるかを試した。そして最後に、己の一番得意な最高の決め球を投げろといった。三人のうち、一人目は普通のストレートで、二人目はけっこう鋭い変化球を放ってきた。二人目の奴は要チェックだ。鍛えれば近いうちに使い物になる。
そして三人目、速水の番が回ってきた。
俺はさっきの速水の発言から、ずっと気になっていたことを訊いてみた。
「なあ、おまえ俺とバッテリー組みたいって言ってたけど、俺のこと知ってるのか?」
「うわ、はい……! 三年前からずっとファンでしたっ」
おっと驚いた。サインくださいとか言われたらどうしよう。まだ考えてなかったぞ。
速水の切れ長二重の鋭い瞳が、まるでご主人様を前にした犬のように輝いているのを見ながら、俺はサインについて真剣に悩み始めた。
「あの、俺、三年前の全中の決勝戦で涼森先輩が試合してるの見て、それからずっと憧れてたんス」
言われた瞬間サインのことなんか頭から吹っ飛んだ。三年前の全中の決勝とはまさかあれか。一生分の涙を流したあの試合のことか。
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