骸雲 | ナノ

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- さよなら -


少女が一人立っていました。
どこかクロームに似ている少女でしたが、クロームではないようです。



さよなら








僕が水牢に入る前に恭弥くんは、さよならは言わないよとか、出てきたらすぐに僕に会いにきなよとか、鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔を僕の胸に押し付けながら、か細い声でそう言っていました。
でも、僕、知らなかったんです。さらに、沢田家光が、アルコバレーノが、ヴィンディチェ側に訪ねても僕が水牢に入らなければいけない期間を教えてくれませんでした。
それでも恭弥くんは、気長に待つよと言ってくれました。僕は恭弥くんに会えるという楽しみがあれば、水牢での長い生活も苦にはならないだろうなんせ僕は六道骸なのだから、と思っていました。
そろそろお別れの時間となり、僕は恭弥くんのファーストキスを奪ってから歩き出しました。もちろん、さよならは言ってません。


「あの少年は君の恋人かい?」


ポーカーフェイスの看守がぼそり、と虚ろな目で僕の方を向かず前を向いたままつぶやきました。僕はまさか看守が喋りかけてくるなんて、夢にも思っていなかったので、びくりと少し肩を揺らせてしまいました。でも冷静に答えます。


「ええ。それがなにか?」


看守へと問い返すような形で返事をしました。だって、恋人についてこんな鉄の塊のような心の無いような僕のとなりにいる看守が訪ねてくるなんて、とても不思議に思ったんです。


「君は終身刑だ」


僕の質問の答えになってるかどうかは、ただ単純にこの一言だけを聞くと質問の答えにはならないと思いましたが、よく考えてみるとこの一言には恋人同士の僕と恭弥くんの結ばれない悲しい運命を物語り、僕たちを哀れんでいるんだという看守の気持ち、つまり僕の質問への返事が含まれているのかもしれないという結論にいたりました。しかし、それとは別に悲しい運命の僕たちを見て嘲笑っているのではないかと思いましたが、はたして看守がどちらの念を抱いているのかは僕には推理できませんでした。

水牢の中は冷たいし、寒いし、恭弥くんとの再開という希望も絶たれ、僕は何も考えないようにすることを努めるほか、することはありませんでした。


終身刑だと聞いていたのに、僕は日の光を拝むことができました。僕の髪と身長がかなり伸びていたので、おそらく水牢に入ってから10年は経過しているでしょう。
町並みはずいぶんと変わり果てていました。僕のいた時代よりもうんと進んだ技術を用いたもので溢れかえり、僕は何をどうしていいやら全く分からず、とりあえず見よう見まねでアパートを借りました。なんせ帰る家が無いのでね。お金は僕の貯金がそのまま銀行に預けられたままでした。
とにかく、一刻も早くこの時代に慣れて恭弥くんに会いに日本へ行きたくて行きたくてたまりませんでした。しかし、慣れるまでは相当時間がかかりそうです。新聞や本のような紙はどこにもないし、これといった電化製品も見かけないし、アパートにあるのはベッドと小さなモニターと空っぽで狭い部屋がいくつかだけなんですから。
水牢から出てきてまだ18時間しか経っていないのに不安だらけです。連絡はどうやってとるのでしょうか?ボンゴレサイドは僕の出所を知っているのでしょうか?

モニターが点滅したのでふと目をやると、どうやら来客のようです。どうぞ、と声をモニターに発すると玄関のドアが開きました。
そこには少女が一人立っていました。どこかクロームに似ている少女でしたが、クロームではないようです。


「失礼ですが、どちら様で…?」

「私はこの"手紙"というものをあなたに渡しにきました」


なぜ少女がまるで"手紙"を知らないふうな言い方をするのか僕は疑問に思いましたが、とりあえず手紙を受け取りました。


「ありがとう。…で、あなたは?」


先ほどと同じ質問を彼女に投げかけます。


「私の家では、だいだい娘が産まれるとその"手紙"をあなたに渡すように言われるのです。私はその11代目です」


僕は自分の耳を疑いましたが、聞き間違うはずはないと思ったので、かわりにその使命を背負った最初の娘の名前を訪ねました。


「なんという娘が最初の娘だったのですか?」

「たしか、クロームです。クローム髑髏」


僕ははっとしました。心臓がぎゅうっと締め付けられ、息が苦しくなりました。
ああ、なぜ僕の命はこんなにも……。
それでも、知らなければならない運命なのでしょう、と混乱する自分を説得させてもう一度質問をしました。


「今日は西暦何年ですか?」

「3107年です」


皮肉にも少女よりも先にモニターが答えました。


少女は哀しそうに微笑み、その場から立ち去りました。少女の後ろ姿は本当にクロームにそっくりでしたが、今はもうクロームなんていないのです。クロームはとっくの昔に………。
僕はあまりの悲しみとショックと驚きでめまいがひどく、倒れそうでしたが、手紙に目を向けました。手紙はなんと恭弥くんからのもので、僕はそれをそうっと広げて内容を確認しました。


ずっとずっと待ってたけれど、もう会えないようだね。だけどさよならは言いたくないし言わないよ。僕、あの日からずっと骸だけを愛していたよ。


手紙の中の恭弥くんは昔と変わらずの恭弥くんでしたが、もうこの世には恭弥くんがいないんだということを、ぼろぼろの手紙やハイテクなこの時代がそれを物語っていました。涙がこぼれました。
こんなことなら、僕はさよならと恭弥くんに告げたかったし、恭弥くんにさよならと告げられたかったです。でも僕は好きです。恭弥くんが好きなんです。僕は今でもずっと、これからもきっと好きなんです。恭弥くん恭弥くん、恭弥くん。











水牢から出ることができたのに、どうやら僕の終身刑は終わらないようです。























10/2/7
10/3/1
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