骸雲 | ナノ

-----
- Bottom Of The Ocean -


死んでしまったけど、あんまり生きてた頃と変わらない。僕は死んでからもずっとこの海にいる。別に他の死者が見えるわけでもないし、お迎えが来て死後の世界に行くわけでもない。唯一変わったことは、生きてる人間に話しかけたり触れたりすることができなくなったことだ。落ちてる石ころを拾うことも、トンファーを握ることも、何にもできない。無力になってしまったのだ。



骸は毎日この海の砂浜に座って、長いこと水平線を眺めている。ここは人がほとんど来ないから、砂浜はいつも骸の物だった。波と風の音と、カモメたちの鳴き声以外には何の音もないこの空間では、僕が骸に話しかけても骸の耳に僕の声が届くことはない。骸が砂の上に置いている手に自分の手を重ねても、後ろから抱きしめても、唇を重ねても、骸は表情をひとつも変えないまま、ただただ水平線を眺めていた。それでも僕は嬉しかった。生きていた時に、骸とお喋りしたり触れ合ったりしていたときよりも骸を身近に感じたし、骸のことがよくわかったような気がした。

もし、今生き返ったなら僕は素直に骸と向き合える気がする。素っ気なくなんてしない。骸をもっと大切にする。僕が出来る限りの優しさを骸に注いであげたい。でも何もかも手遅れだ。遅すぎたのだ。僕はもうこの世にはいない。骸と同じ海に、骸の横に、こうして生きていた時のように立っているけど、僕らの時間が重なることはどんなことがあっても起こり得ない。

僕は骸の背中におでこをくっつけて、背後から骸に抱きついた。すると驚くことに骸はこちらに振り返った。そして僕がいる場所、骸の目には何も存在しない空間を両手で抱え込んだ。


「ああ、恭弥くんなのですね…。」


かすかに風と波の音が折り重なる静かな砂浜で、骸は小さくそう呟いた。閉じられた両目からは涙が流れ頬を伝い、太陽の光に照らされて海のきらめきと一緒に僕の目に映って溶けあった。
それから骸は二度とこの海に姿を見せていない。







僕は眩しい日差しに目を細めながら、砂浜に打ち寄せる波の間から海の中へと足を進めた。歩く度に水位が高くなり、僕の体は徐々に海の中へと入っていった。水が腰の高さまで達したとき、僕は砂浜の方を振り返った。砂浜にはいつも通りに誰もおらず静かなままである。もう一度砂浜に背を向けて歩き出そうとしたとき、突然今まであったはずの海底が消え去り、僕は海の中に深く深く落ちていった。不思議と苦しくも怖くもなんともなかった。上の方に目をやると、光が水面できらきら動いていて、それはそれは見事なものだった。
すると水面に映像が映し出された。初めて骸にあったとき、骸とケンカしたとき、骸にキスをされたとき、一緒に昼寝をしたとき………骸との思い出がいくつもいくつも水面に映し出されて僕の脳内にゆっくりと入っていった。そして最後に、砂浜で死んでこの世に存在のない僕を抱きしめたときの骸の涙を流しながら微笑む表情が映し出された。


「僕の分も幸せにならなきゃ咬み殺すよ。」


それから僕は目を閉じた。なんとなく光が遠ざかっていくのが瞼を閉じていながらも感じ取ることができた。今僕はどれくらい深いところにいるのだろうか。かすかにカモメが鳴く声が聞こえた気がした。













10/10/21
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -